2013-11-21

すごい畑のすごい土(3) 害虫を防除する「生物間相互ネットワーク」

「奇跡のリンゴ」を生んだ自然栽培の謎をひも解くシリーズ、第3回。
自然栽培は、化学肥料と合成農薬を使わずに、生物の力を使って栽培する農業といえます。
(1)肥料の代わりになる地力を高める「植物-土壌フィードバック」
(2)殺虫剤の代わりに害虫を防除する「生物間相互作用ネットワーク」
に続いて、今日は、
(3)殺菌剤の代わりに病気を抑える「植物免疫
を紹介します。
杉山修一氏の著書『すごい畑のすごい土-無農薬・無肥料・自然栽培の生態学』(2013年)より。
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(写真は木村リンゴ園。こちらよりお借りました。)
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なぜ病気が抑えられるか 「植物免疫」を使った病害防除
肥料が充分与えられた作物は病気にかかりやすい
作物がかかる病気は、細菌カビなどの微生物により引き起こされます。
通常の作物栽培では、畑全体に農薬を散布し、そこにすむ微生物をすべて殺します。
★自然界の植物は、農薬をまかなくても病気による大きな被害を受けないのに、作物栽培ではなぜ大量の農薬をまかないと病気による被害を受けるのでしょうか?
それは、農業の近代化により化学肥料を大量に使うようになったことが関係しています。
肥料が充分与えられた作物は葉が柔らかくなり、病原菌が侵入しやすくなるので、病気にかかりやすい体質になります。
また、葉が繁殖して風通しが悪くなり、病原菌が増殖しやすい湿った条件をつくります。
さらに、品種改良により、作物品種が遺伝的に均一になったことも、畑全体に病気が広がりやすくなった原因となっています。
木村リンゴ園で病気の害が抑えられる理由
無農薬でリンゴ栽培を始めた最初の8年間は、毎年、リンゴの葉が斑点落葉病などの病気に感染し、9月にはほとんどの葉が落ちて、リンゴは収穫できませんでした。しかし、自然栽培開始後2年目を過ぎる頃から、病気にはかかるが、感染が広がらず、落ちる葉が少なくなってきました。
30年近く経った現在でも、ほとんどの葉には黒星病や褐斑病の感染を示す病斑が見られるが、病気が葉全体には広がらず、多くの葉は木についたままの状態でいます。葉は光合成を行うことができるので、秋にはリンゴが収穫できます。
(写真左はリンゴ黒星病、右は褐斑病。こちらこちらからお借りしました。)
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このことから分かるように、「奇跡のリンゴ」は慣行栽培と全く異なる方法、つまり、病原菌を排除するのではなく病原菌に耐性をもつ方法で病気に対抗しています。
「奇跡のリンゴ」の秘密は、自然栽培を続ける中でリンゴが元々もっていた免疫機能を回復できたと言えるかもしれません。
逆に言うと、通常の作物栽培では、本来の免疫力を失ってひ弱な体質になっているのです。
動物にも植物にも備わる自然免疫
植物には白血球がないので、人間のような「適応免疫(獲得免疫)」はありませんが、生物が進化の早い段階で生み出したシステムである「自然免疫」は備わっています。
植物は、病原性の細菌に感染すると、感染部位の細胞内にある液胞という区画の中に閉じ込めていた抗菌物質を細胞外に放出することで、侵入した細菌を殺します。その時、同時に、病原菌に感染した細胞も自発的に死ぬことで病原体を閉じ込め、他の健全な組織に広がらないようにします。
作物が病原菌を感知する方法は、鍵と鍵穴の関係に似ています。病原菌には鍵の役割をする分子が細胞表面にあり、その分子の形を、作物が備えている鍵穴で認識します。
この防御システムは「真正抵抗性」と呼ばれますが、細胞表面にある鍵穴(センサー)に適合する鍵(病原性)だけを防御することができるので、特定の病原菌にしか働きません。
これまでの品種改良では、作物の細胞表面の鍵穴の形を改造することで、いろいろな鍵をもつ病原菌に対する抵抗性を向上させてきました。しかし、病原菌の進化が速いために、直ぐに鍵の形を変えることができるので、せっかく長い時間をかけて品種改良した鍵穴の効果は短時間しか役に立ちません。それが、植物の免疫を利用して病原菌を防御する方法の欠点でした。
共生微生物がリンゴの免疫を活性化し病気に対する抵抗性を向上させる!?
一方、すべての病気に対して効果をもつ、「圃場抵抗性」と呼ばれる別のタイプの抵抗性があることが分かっています。このタイプの抵抗性は、細胞表面の鍵穴に頼るのではなく、別の方法で抵抗性を高めるようですが、そのメカニズムについてはよく分かっていません。
木村リンゴ園のリンゴは、いろいろな病気に対する抵抗性が高まっているので、「圃場抵抗性」で病気に対抗しているのは間違いありません。
最近、エンドファイトと呼ばれる共生微生物が注目されています。
エンドファイトは、病気を引き起こさずに植物の体内に住んでいる微生物の総称で(エンドは内側、ファイトは植物のこと)、作物の病気に対する免疫を誘導することが報告されています。作物がエンドファイトに感染することで、植物全体に何らかのシグナルが伝わり、免疫が活性化されるようなのです。
エンドファイトにより誘導される免疫は、「圃場抵抗性」のタイプです。
微生物とつながる農薬
%E6%9E%97%E6%AA%8E%E5%BE%AE%E7%94%9F%E7%89%A9.jpgエンドファイトが免疫を誘導するメカニズムについてはほとんど分かっていないものの、エンドファイトが農薬を使わない作物栽培を可能にすることから、ニュージーランドに続いて日本でも実用化が始まっています。
NHKクローズアップ現代(2010年11月1日放送)から紹介します。
(写真はリンゴの葉の内部にいる微生物。こちらよりお借りしました。)

 一足先に実用化しているのがニュージーランドだ。すでに一般的な牧草の80%にエンドファイトが使われ、牧草の育成がよくなり害虫も駆除。食肉の生産は3割も伸びた。経済効果は140億円といわれる。
 きっかけは1980年代に起こった家畜の中毒だった。調べると、牧草の中の微生物が原因とわかった。そこで世界中の牧草を集めて微生物の研究がおこなわれ、その中からみつけたのがエンドファイトだった。
 「30年にわたるサクセス・ストーリーだ」と、開発したアグリサーチ社はいう。同社のエンドファイトは豪州、米、アルゼンチンへも輸出されており、今後は穀物への利用も考えているという。
引用者注:エンドファイトには、カビ(糸状菌)とバクテリア(細菌)という2種類の微生物のタイプがある。カビタイプは毒素をつくり植物を害虫から守る。例えば、食べた家畜が中毒を起こす。一方、バクテリアタイプは毒素をつくらず、免疫力を高めたり、生育を促進したり、強光や高温、乾燥等のさまざまな環境ストレスに対する耐性を高めたりする。理化学研究所の報告書より)
 日本でも実用化が始まっている。北海道・美唄市のコメづくり農家、76戸が挑戦中だ。田植え前の苗に1回散布するだけ。農薬を半減したが、この夏の猛暑で発生したいもち病被害が他の水田の6割以下に抑えられた。農協では来年から本格的に取り組むという。
 森本健成アナが「期待は大きいが、安全性は?」と百町満朗・岐阜大教授に聞いた。
「農薬として認められるには、農水相のガイドラインがあるから安全だと思いますが、消費者に伝える必要はあるでしょう。また、特定の微生物を大量に投入すると、生態系のかく乱があるかもしれない。しかし、自然の仕組みを生かす道は魅力的環境保全型農業確率の第一歩になると考えられます。」

如何でしたか。
(1)植物-土壌フィードバックでは、土壌の微生物が窒素を維持することで、肥料を投与しなくても毎年リンゴが収穫できることを見ましたが、今回は、植物の内部に入り込んだ微生物が植物の免疫機能を活性化し、農薬を使わなくても作物栽培が可能なことを見ました。
またまた「恐るべき微生物!」となりましたが、これからも微生物の未知の力に期待したいと思います。

List    投稿者 okamoto | 2013-11-21 | Posted in ⑤免疫機能の不思議No Comments » 

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