2019-04-25

「病は気から」の脳科学

「病は気から」という説について、脳科学とその他の学術分野から検討している記事を紹介します。

以下、「脳科学メディア」より。

「病は気から」の脳科学

「病は気から」という言葉は、多くの人が一度は耳にしたことがある言葉である。とはいえ、その真偽については半信半疑という人も多いかもしれない。「ストレスは身体によくない」という漠然としたイメージは湧いても、ストレスや心理状態、気持ちが具体的にどのように身体に悪影響を与えるのかは詳細に知られているわけではない。そこで以下では、「病は気から」という説について脳科学とその他の学術分野からみていく。

1.「病は気から」と「精神神経免疫学」

「病は気から」という説と密接に関連するのが、「精神神経免疫学」という学術分野である。
生体(生物の身体)は、環境の変化に適切に対応するべく“生体防御系”という機能を有している。例えば、外部環境の変化によって内部環境(体内)に悪影響が及ばないよう、内部環境を一定に保つ“恒常性(ホメオスタシス)”という機能がある。その中心となるのが、神経系、内分泌系、免疫系である。神経系は身体の内外の情報を伝達する役割を果たし、内分泌系は神経系から情報を受け取って各種の臓器に対してホルモンを分泌する。免疫系は、外部からの悪しき侵入者を駆逐するために機能する。
神経系、内分泌系、免疫系はそれぞれ独立して機能しているのではなく、相互に密接かつ合理的に調節しあっていることが研究によって明らかにされている。これらのネットワークを介して、ヒトの心と身体は結びついている。

ヒトがストレスを受けたとき、脳から抹消(各器官・部位)へ向けて、主に二系統の変化、すなわち神経系の反応と内分泌系の反応が免疫系に影響を与えることが分かっている。この際に特に重要な役割を果たすのが、副腎(ふくじん)である。副腎の髄質部分は神経系の刺激を受けてアドレナリンやノルアドレナリンを分泌し、皮質部分は内分泌系の刺激を受けてグルココルチコイドを分泌する。

これらの分泌は、身体的なストレスによってのみならず、精神的なストレスによっても生じる。ストレスが過度で慢性的であれば、分泌が長期間かつ過剰に起こる。分泌される物質の多くは、免疫細胞の活性に抑制的な作用を持つことが知られている。すなわち、過度なストレスによって免疫が低下し、身体の各器官や部位に悪影響を与えることになる。

近年では、精神神経免疫学の領域だけでなく心身医学の領域全般でもストレスの影響について研究されている。また、“サイコオンコロジー”の分野では、がんを対象とした精神免疫学の研究が盛んである。サイコオンコロジーとは、心理学(psychology)と腫瘍学(oncology)を合わせた造語である。主な目的は、がんが心に与える影響と、心や行動ががんに与える影響を調べ、Quality-of-life(生活の質)の向上や、がん罹患の減少、生存期間の延長を図ることにある。

このように、近年では心理的な要因が身体に一定の影響を与えることが医学の分野での常識となっている。「病は気から」という考えは、今や科学的に裏付けられている作用である。

2.遺伝子と病気

病気を引き起こす要因は、ふたつに大別することができる。ひとつは先天的要因(内的要因)で、もうひとつは後天的要因(外的要因)である。先天的要因(内的要因)は生まれながらに有する要因(例:遺伝子の異常など)であり、後天的要因(外的要因)は生活する中で影響を受ける要因(例:細菌やウイルス、身体的・精神的ストレスなど)である。

意外と知られていない事実として、遺伝子の異常などの先天的要因は、ヒトが患う病気の原因の2%程度という研究報告がある。すなわち、ヒトが患う病気の原因の98%程度は後天的な要因である。精神的なストレスは、そのひとつである。

がんなどの大病は遺伝による影響が大きいと考えられがちだが、それでも遺伝子が直接的な原因になっているのはわずか5%程度であり、日常における食生活や運動量、睡眠時間、ストレスの量などが原因となることが多い。例えば、前立腺がんの患者たちが90日間にわたって食事と生活様式を変えただけで、腫瘍(がん細胞)の形成に不可欠な生物学的過程を阻害する遺伝子が活性になった(すなわち、がんの発生を抑えた)という研究結果がある。

生命は、一般的に考えられているほど遺伝子に支配されているわけではない。遺伝子にはさまざまな情報が組み込まれており、そのいずれかが発現することで細胞を生み出しヒトの身体をつくりあげる。しかし、遺伝子はどの情報を発現させるかを自ら決められるわけではない。すなわち、遺伝子は“自己創発”ができない。環境の中の何かが引き金にならなければ、遺伝子は発現(活性化)しない。

遺伝子は細胞を生み出すが、細胞の状態は細胞をとりまく環境によって制御されており、遺伝子はほんのわずかしか関わっていない。つまり、環境こそが細胞の在り方を決定する。この環境のひとつが、ストレスである。この分野については、「シグナル伝達学」という最新の学術分野で研究が進んでいる。

3.シグナル伝達学と細胞

シグナル伝達学では、細胞が環境からのシグナル(情報)にどのように反応するかについて研究されている。環境からのシグナルが細胞内の化学反応を引き起こし、遺伝子の発現パターンを変化させる。それにより、細胞がどのように分化されるかが制御され、細胞が生き残れるかどうかが決定する。生物の活動や生存する上での方向性は、環境に直接的に関係する。

ヒトの身体では、毎日のように何十億という細胞が寿命を迎えて亡くなっていく。これは細胞にあらかじめプログラムされているものであり、アポトーシスと呼ばれる現象である。例えば、腸の細胞は72時間ですべてが新しいものに入れ替わる。(若い女性とっては、“肌のターンオーバー”といったほうが伝わりやすいかもしれない。)

細胞は、常に『成長・増殖』か『防衛』のいずれかの反応をとる。そして、その両方を同時とることができないという特徴を持つ。細胞の成長・増殖には、エネルギー源となる栄養素のやりとりが不可欠である。細胞が成長・増殖の状態にあるときは生体システムが環境に対して開かれた状態となる。つまり、細胞は自由に食物を取り入れ、排出物を出す状態となる。

これに対して、身体がストレスを感じると細胞は防衛状態となる。防衛状態になると、細胞は感知された脅威に対して防御壁をつくる。防御壁がつくられている間は、細胞は外部から栄養素を受け取ることができなくなる。細胞は存続のために常に栄養素が必要であるため、外部から栄養素を受けるとことができない期間が長く続くと、その存在を維持できなくなる。ストレスを感じると身体に悪影響を及ぼすのは、ストレスを感じている間は細胞が防衛状態に入り、成長・増殖できないためである。すなわち、栄養を摂取してエネルギーを生み出すことができず、細胞は新生されない。

これが、ストレスによって身体に悪影響が及ぶメカニズムである。すなわち、「病は気から」たるゆえんである。

以上、「脳科学メディア」より。

  投稿者 seibutusi | 2019-04-25 | Posted in ⑧科学ニュースよりNo Comments »