2013-09-16

すごい畑のすごい土(1) 植物-土壌フィードバック

奇跡のリンゴ」とは、木村秋則さんが世界で初めて、完全無農薬・無肥料で栽培に成功したリンゴのこと。1978年に無農薬栽培を始めてから11年が経っていた。
現在では、この栽培技術は「自然栽培」として、イネ、トウモロコシ、茶、ニンジン、トマト、ジャガイモなど多くの作物に広がり、いずれも成功を収めています。
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(写真はこちらよりお借りしました。)
しかし、「奇跡のリンゴ」の栽培法は、これまでのリンゴ栽培の常識とあまりにもかけ離れており、成功した科学的メカニズムの詳細はまだ解明されていません。
2003年から木村リンゴ園に通い観察を続けてきた植物生態学者・杉山修一さんは、ようやくリンゴ園で起きていることが矛盾なく説明できるようになってきた、という。
氏の著書『すごい畑のすごい土-無農薬・無肥料・自然栽培の生態学』(2013年)より、自然栽培の謎をひもときたいと思います。
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自然栽培を、慣行栽培、有機栽培との比較で定義すると以下のようになります。
・慣行栽培は、化学肥料と合成農薬を使った農業。
・有機栽培は、化学肥料と合成農薬を使わずに、許可された有機材だけで栽培する農業。
自然栽培は、化学肥料と合成農薬を使わずに、生物の力を使って栽培する農業
自然栽培で利用する「生物の力」は少なくとも3種類ある。
(1)肥料の代わりになる地力を高める「植物-土壌フィードバック
(2)殺虫剤の代わりに害虫を防除する「生物間相互作用ネットワーク
(3)殺菌剤の代わりに病気を抑える「植物免疫
今日は(1)の「植物-土壌フィードバック」を紹介します。
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(写真は木村リンゴ園。こちらよりお借りしました。)
肥料の代わりに土壌の微生物が畑を肥やす
肥料なしで窒素を維持し続ける方法とは
作物が土壌から吸収する栄養素は、主に窒素、リン酸、カリウムの三元素。特にタンパク質の構成要素である窒素は重要で、植物が吸収した窒素は、収穫されると畑から持ち去られるので、肥料として再び畑に与える必要があると多くの人は考えてきた。
しかし木村リンゴ園では、30年近く堆肥も化学肥料も投入していないが、毎年リンゴが収穫できる。どうやら土壌の微生物が窒素を維持し続けているようなのです。
慣行栽培リンゴ園の1.5倍から2倍多い微生物が生息
1平方メートル当りの土壌には800グラムの生物がすんでいると推定され、そのうち90%以上を細菌とカビやキノコの仲間である真菌類が占める。大部分は土壌に落ちた枯葉や動物の遺体などを分解してエネルギーを得ている分解者と呼ばれるグループ。
微生物は分解するとき窒素を土壌に放出し、植物はその窒素を根から吸収し成長に使う。このように植物と微生物は相互依存の関係にあり、自然の生物群集ではこのような窒素循環が起こることで、肥料を与えなくても植物は窒素を吸収できている。
(下図、参照。土壌に落ちた植物の葉や茎をリターと呼ぶ。)
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木村リンゴ園の土壌には、慣行栽培リンゴ園の1.5倍から2倍ほど多い微生物がすんでいることが分かっている。
土壌中の有機物が分解されて出る窒素のフロー速度が鍵
植物の生長は、生態系に含まれる窒素の総量(ストック)ではなく、土壌中の有機物が分解されて出てくる窒素の速度(フロー)によって決まる。自然界の窒素フローはいろいろな要因に影響されるが、最も大きな要因の一つが土壌微生物の種類と量。
植物は微生物が放出した窒素を吸収・利用するが、同時に微生物も自分の成長のために吸収する。さらに、土壌の微生物の中には、土壌の窒素をエネルギー源として直接使い、複雑な反応を経て最終的に窒素ガスとして空気中に放出するグループも存在する。また、硝酸態の窒素は水に溶けるため、雨とともに畑の外に流れ出す場合もある。
他方、土壌中の窒素が不足している時には、空気中の窒素ガスからアンモニア態窒素をつくる窒素固定微生物が活性化して畑に窒素を供給する。
生態系の窒素フローは、このような多くの微生物の複雑なプロセスによって決まってくる。
植物が土壌微生物の活性を変える
自然栽培で高い作物収量を得るためには農地の窒素フローを活発にする必要がある。その答えが「植物-土壌フィードバック」。
ミネソタ大学のティルマンらによる多様性実験では、種数が多い草原ほど生産力が高くなった。植物の種類が増えることで土壌微生物の分解能力が活性化され、より多くの窒素が植物に利用できるようになったことが生産性の増加の主要な原因だった。
これは、植物が土壌微生物の活性を変えることができ、そのことで生態系の窒素循環に影響を与えることができることを示唆している。
スウェーデン農科大学のデビッド・ワールドは、植物と土壌微生物の相互作用研究の第一人者だが、彼は異なる植物種が土壌微生物との間にフィードバックを形成し、生態系の窒素循環を変える可能性を指摘している。
生長の速い植物種は葉に含まれる窒素も多いため、枯れて落ちて分解されるとより多くの窒素が放出される。そのとき微生物もより窒素を分解しやすいタイプに変化する。細菌はカビなどの真菌より世代時間が短く速く増殖するので、細菌の割合が増え、分解速度を高める。するとますます窒素放出速度が増し、生長の速い植物が有利になる、というように、ともに群集の中で優占することができる。こうして、植物と土壌微生物の間で養分循環をめぐって協力的な関係が発達する。
一方、生長の遅い植物は、昆虫に食べられることを防ぐため、葉にリグニン(細胞壁の成分の一つ)やタンニン(苦み成分)などの防御物質を多く含んでいる。これらの成分は土壌微生物によっても分解されにくいため、葉の分解が遅くなる。このような植物は、細菌の割合を下げ分解速度の遅い真菌の割合を高める。すると、分解速度がさらに低下し、土壌での窒素循環が滞り、窒素の放出も少なくなる。この条件では、生長の速い植物は不利になり、生長の遅い植物が優占し、窒素循環の緩慢な生態系に変化する。
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(生長の速い植物は窒素のフローを促進するが、生長の遅い種は窒素のストックを増加させ、フローを減少させる。)
このように、植物と土壌微生物が互いに関係し合いながら、「植物-土壌フィードバック」が形成され窒素循環が変化するというのがワールドの考え。
リンゴ園の下草はリンゴの競争者ではない
通常のリンゴ栽培では、下草はリンゴの木と窒素をめぐって競争すると考えられているので、頻繁に刈られる。
一方、木村リンゴ園では下草は年に2回しか刈らないので、伸び放題。木村リンゴ園の下草はオーチャードグラスなどの生長の速い種が多いので、刈取り後は土壌微生物を活性化させ、窒素フローを促進する。
木村リンゴ園の下草はリンゴの競争者ではなく、リンゴ園の窒素循環を促進するエンジニアとしての機能を果たしている。
土壌には、私たちにとって未知の「生物の力」が隠されており、その力を利用する技術を確立することが、自然栽培にとって大変重要になってくる。
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如何でしたか。「恐るべき微生物!」ですね。
次回は、「生物の力」の二つめ、殺虫剤の代わりに害虫を防除する「生物間相互作用ネットワーク」です。お楽しみに

List    投稿者 okamoto | 2013-09-16 | Posted in ⑤免疫機能の不思議No Comments » 

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