2017-08-15

エピジェネティクス~DNA配列を変えない=適応速度を高める生き残り戦略~

epi_05
写真はこちらからお借りしました。

かつては、遺伝子の配列によって形質は規定されるという考え方が主流でした。しかし、「DNA配列の変化によらず後天的な修飾により遺伝子発現が制御・維持される(=エピジェネティクス)」という考え方で捉えることで整合する事実が確認されるようになりました。これは、生物の適応戦略において極めて重要な仕組みです。

エピジェネティクスについては、当ブログで過去にも紹介していますが、今回は生物にとって重要な外圧適応という観点から考えてみたいと思います。
【参考】
◇エピジェネティクスって、何?
◇エピジェネティクス~世代を超えて情報を伝える仕組み

 にほんブログ村 科学ブログへ

マウスに特定の臭いと連動して危機(電気ショック)を体験させ、学習した危機察知が世代を超えて受け継がれるかを確認する実験が行われました。

ある特別な匂い(この実験の場合はサクラの花びらのよい香り)がすると、しばらくして床にびりっと電流が流れる。こんな仕掛けでマウスを何度か訓練すると、すぐに2つの事象の関連性を学習して、マウスはサクラの香りがしただけで、電気ショックにそなえて身をすくめる動作をするようになる。これが条件づけである。

米国エモリー大学の研究チームは、このような条件づけをしたマウスの子孫に、この学習の成果が遺伝するかどうかを調べた。これまでの生物学の常識では、そんなバカな実験はするまでもないこと、とされていた。学習による成果、つまり生まれたあと後天的に身につけた行動は、次の世代ではいったんオールクリアされたゼロにもどる。つまり獲得形質は遺伝しない、というのが生物学のセオリーだった。かつて獲得形質の遺伝の可能性を考えた学者ラマルクの説は、いまでは完膚なきまでに否定されていた。そもそも獲得形質とは、脳の中に作り出された新しい神経回路や、鍛えられた筋肉、食べ過ぎで増えた脂肪など、すべて身体を構成する細胞──これを体細胞と呼ぶ──で起こることで、子孫に受け渡される生殖細胞(精子や卵子)には、体細胞の変化やその情報が伝わることはないし、伝える機構も存在しないと考えられていたのだ。

ところがである。マウスの子ども、あるいはまたその子ども(孫)を調べたところ、条件づけされた性質が遺伝していたのだ。もちろんサクラの花びらの香りをかいだら、電気ショックにそなえて身をすくめるという条件反射そのものが遺伝していたわけではない。つまりサクラの香りを先天的に怖がることはなかった。

このマウスに同じ条件づけ、つまりサクラの花びらの香りがすると電気ショックがくるという訓練をほどこす。すると、親の世代にその恐怖を学習していた子どもほど、より敏感になっていたのだ。すなわち、ずっと低い濃度のサクラの香りに対しても、すぐにこれにおびえるようになった。

いったい何が起きたと考えればよいのだろうか。条件づけによって形成された神経回路、つまり、鼻の嗅覚レセプターによる香りの検出→脳がそれをサクラの匂いと識別→恐怖体験との照合→電気ショックを予期して身構える体勢をとる、という回路そのものが遺伝したわけではない。学習や経験によって形成された記憶は、その一世代かぎりのものであり、次の世代には遺伝子しない。世代を超えて遺伝したと考えられるのは、このような条件づけがより容易に形成されるための「下地」である。

親の世代で体験したことは、サクラの香りが、危機の予知のために重要な手がかりになる、ということだった。だから、子孫は、サクラの香りに対してより鋭敏に反応することができれば、より有利に危険を回避し、生き残るチャンスが増えることになる。サクラの香りに対してより敏感になるためにはどんな準備が必要だろうか。サクラの香りを感知する嗅覚レセプターの数を増やす。あるいはここから脳に伸びる嗅覚神経細胞の数を増やす。その間にあるシナプスの連結を強化する。そのような「下地」を用意しておけばよい。

研究者たちは、実際にDNAを調べてみた。この実験の巧みなところは、サクラの香りを条件に選んだことだった。匂いレセプターはマウスの場合、数百種類もあり、どの匂いにどのレセプターが関与しているか、ほとんどわかっていない。しかし、サクラの香り(正確にはアセトフェノンという化学物質)に対する嗅覚レセプターがきちんと特定されていたのである。

親マウスから子マウス、孫マウスへと伝達される精子のDNAの嗅覚レセプター遺伝子を解析した結果、レセプター遺伝子のDNA配列(遺伝暗号)自体には変化はなかった。つまり突然変異はなかった。しかしエピジェネティックな差異が見られたのである。エピジェネティックスについては、新しい生命科学のトレンドとしてこのコラムでも取りあげてきた。DNA自体ではなく、DNAの働き方を調節する情報が隠れた形でDNAに書き込まれていることがわかってきた。それがエピジェネティックスである。

福岡伸一の生命浮遊「記憶は遺伝するか2」より引用

この実験により、特定の臭い→電流ショック警戒という回路が直接的に受け継がれるのではなく、特定の臭いに対する受容器を作用し易くする(=敏感にする)仕組みを受け継いで、危機への対応力を高めていることがわかりました。

ここでのポイントは、ある適応機構そのものではなく、適応速度を高める仕組み(遺伝子発現制御)を継承したことにあります。
外圧は絶えず変化しています。1世代前の外圧が次の世代でも主外圧とは限りません。場合によっては1世代後には不要な仕組みになる可能性もあります。
だからこそ機構そのものよりも、機構を発現させる準備を受け継ぐことが、外圧に適応する上ではより重要になるのです。

もちろん、生物の歩んできた道を見れば、遺伝子配列の変化という劇的な適応戦略も重要です。ただし、それには長い年月を要し、方向転換は容易ではありません。

外圧に適応し種を存続させるという生命の営みを踏まえると、比較的即応性の高いエピジェネティックな機構(ヒストン修飾、DNAメチル化etc.)が適応戦略の主であり、遺伝子配列の組み換えは、気候変動等による極めて大規模な外圧変化(今の遺伝子配列での発現調整では対応不能)に対する賭けであったのではないでしょうか。

List    投稿者 seibutusi | 2017-08-15 | Posted in ①進化・適応の原理No Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.seibutsushi.net/blog/2017/08/4028.html/trackback


Comment



Comment


*