2013-12-10

君もシャーマンになれるシリーズ28 ~ニューロンの興奮と抑制が「学習」を可能にした~

 
前回(こちら)の「幻覚をみている脳回路」に続いて、今回は脳回路の基本構造である「ニューロンの興奮と抑制機能」とそれが生み出す「学習機能」についてみていきます。
 
これまでみてきたように、幻覚は、特定の神経伝達物質の過剰放出等によって通常は安定した脳回路が暴走することで生じると考えられますが、そもそも「脳の安定状態」はどのように作り出されていて、異常な状態とはどういう状態なのでしょう? また、脳回路はどのようなメカニズムで成り立っており、人類が生み出した「観念」は脳内でどのように形成されているのでしょう?
 
それをみていくことで、始原人類が獲得した「観念の形成過程」を予測します。「観念」の登場を解明する手段は、現時点では今の人類の脳の機能やサル・チンパンジー等の脳を理解し、そこから類推するしか方法はないのです。
 
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                      神経細胞(シナプス)
 
大脳を発達させた人類の脳は、複雑な脳回路を形成してきました。その過程では、経験を記憶する脳が必要であり、最も適応的な判断を安定的に導きだす脳が必要であり、また、経験では突破できない困難に際しては、安定した脳を乗り越えて挑戦的かつ創造的に判断・行動する脳が必要でした。
 
今まで見てきた現代人が体験する「幻覚」は、安定した脳回路に異常が生じた状態と考えられ、それは人類の脳が形成される過程において生じやすかった異常が再現されたものと考えられます。脳が自ら造り出す「幻覚」と「観念」の繋がりを、脳の基本構造を理解することで解明していきます。
 

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        幻覚の基本構造(前回の概要)        
 
前回示した様に、古い脳(爬虫類の脳)である視床や大脳基底核から新しい脳である大脳皮質や側頭葉、前頭葉への経路に障害がおきた場合に「幻覚」をみると考えられます。(脳の各部位を下図に示します)
 
サルから枝分かれした人類が大脳を異常なほどに発達させてきたことは特筆すべきことであり、大脳を拡大・強化しつつ、古い脳との連係を新たに構築したことは間違いありません。その新しい脳と古い脳の連係に異常が生じた状態で脳は「幻覚」をみるのです。
 
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それでは、大脳を発達させた人類の脳回路(神経回路)の基本構造をみていきましょう。
 
 
          脳のループ回路          
 
目や耳などの感覚神経が外部刺激や内部刺激を受けてから以降の脳の主要な伝達経路をみてみましょう。
 
生の刺激情報(視覚、聴覚、触覚、味覚、体内感覚等)の多くは、はじめに古い脳である「視床」に入力されます。視床が受け取った情報(信号)は、大脳へ伝えられて、大脳から線条体、淡蒼球や網様部・黒質緻密部を経由して、再び「視床」に戻る「ループ回路」を形成しています。
 
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脳を一巡する「ループ回路」によって、生の情報に過去の記憶や判断が加わって適応的で統合的な情報(信号)を視床を介して体全体に指令します。ここでは単純化して説明していますが、発達した人間の大脳では、周辺の複雑な神経回路が影響し合いながらループすることで、多様な判断が加えられます。
 
もう少し具体的なイメージで説明すると、脳回路に記憶されたある刺激に対する過去の成功体験や失敗体験は、その経験が強ければ強いほど、また繰り返し経験すればするほどその回路を通りやすく強化されます。そして、再び関連する刺激情報が送り込まれてくると、通りやすくなっている回路を優先的にトレースすることで最も適応的な情報(信号)が返されてくると考えられます。
 
前回にみてきたように、視床や大脳基底核から送られた大脳の情報が再び視床に戻るルートに異常がおきて、適正な情報(判断)が視床に戻されなくなった状態で「幻覚」をみると考えられます。おそらく、ループ回路上の興奮系の神経(後述)に異常が生じることで、本来は視床に戻って収束する情報(信号)が増幅された上に別経路をたどって脳全体に伝播すると思われます。状況に合わない不適切で強い信号が脳に戻されると、一番通じやすく反応しやすい過去の恐怖記憶や充足記憶が呼び起こされて、それに関連する「幻覚」をみると考えられます。
 
 
        神経回路の興奮と抑制(学習機能の基本構造)        
 
「ループ回路」は通常は安定した主要経路(回路の方向性)だと考えられますが、コンピューターにおける機械的な回路の様に変化しない回路では、ある入力に対しては固定的な結果(反応)しか生じません。また、ハードディスク等の固定的な記憶では、全く同じ状態が生じ得ない自然界の多様な刺激に対してリンクできません。コンピューターで対応しようとすると莫大な(おそらく無限大の)回路が必要になることでしょう。
 
人間の脳容量にも限界がありますので、新しい刺激に対して回路を組み替えることや、すでにできている回路自体を変えていくシステムが必要になります。実際、脳は変化する神経回路(脳の可塑性)をもっており、それによって記憶や学習が可能になっているのです。
 
脳の神経細胞間における情報伝達の内容(機構)をもう少し具体的に見てみましょう。(引用元
 
神経細胞間の情報伝達には大きく二種類あり、一つは、相手の神経細胞を興奮させる「興奮性神経伝達」。もう一つは、相手の神経細胞の興奮を抑える「抑制性神経伝達」です。
 
回路を単純化すると、プラスの信号を送る興奮性結合の回路においては、回路の下流から上流への結合によって連造的に興奮が伝達されます。ここでループが形成されると、そのループを信号が回り続けることになり、脳(個体)にとっては不都合な状態が生じ、意志とは関わりなく何かの思考や行動が起こり続けることになります。一方、抑制性結合の回路はループになっても自己抑制が起きて、信号が回り続けることはありません。
 
「興奮性神経細胞」は比較的単純な構造にあり、相手の神経細胞を興奮させる機能しか持っていませんが、「抑制性神経細胞」の形態や結合にはさまざまなものがあり、複雑な機能を発揮しています。道路標識に例えると、「興奮性細胞」が一つの「青信号=進め」しか持たないことに対して、「抑制性細胞」には、「待て」とか「停止」、「注意」といった複数の機能のものが存在するのです。
 
この「興奮性細胞」と「抑制性細胞」の結合が、神経回路の組み替えやシナプスの変成(脳の可塑性≒学習機能)に深く関与していることが明らかになりつつあり、特に「抑制性細胞」が脳の学習機能を高めていると考えられるようになってきています。興奮性細胞による回路と多様な機能を持つ抑制性細胞が組み合わさることで、より複雑で高度な回路が形成されるのです。最近の研究では、幼児期の脳の臨界期(可塑性の向上期)は、この「抑制性細胞」によって発現することもわかってきています。
 
脳の領域では、この「興奮性神経伝達」が卓越した領域があり、例えば「大脳皮質」では、二種類の神経細胞のうち興奮性細胞が圧倒的に多く、大脳皮質の神経細胞の8割を占めています。
 
 
        脳のフィードバック、フィードフォワード機能        引用元
 
実際の脳は、「興奮性結合」と「抑制性結合」による組合せと新たなシナプスの枝分かれによって、複雑な脳回路を形成します。そのことで多様な記憶と判断が生まれるのです。
 
しかし、物理的な回路を形成することだけでは、人類が獲得した柔軟で臨戦的、かつ創造的な「学習」はできません。「学習」には、すでにできている(あるいは未完成な)回路を修正し、再固定(あるいは、強化)する機能が必要であり、それが「フィードバック機能」、「フィードフォワード機能」と呼ばれるものです。
 
フィードバック機能」は新たな刺激に対する適合度に不全が生じた場合に、脳回路に生じたずれや間違いを修正する機能です。フィードバック機能の本体は「オートレセプター(自己受容体)」と呼ばれる神経伝達物質を介した神経細胞間の情報伝達機能です。オートレセプターは自己受容体と訳され、自分で放出した神経伝達物質を神経細胞が自分自身の受容体で取り込むことで伝達物質の放出量を調整(抑制)する仕組みです。
 
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例えば、ドーパミンにはD1と呼ばれる自己受容体が存在し、その活動レベルを自己調整しています。しかし、中脳辺縁系のドーパミン神経にはこの受容体が存在しないため、強い不安があると前頭葉神経の興奮に歯止めが効かなくなります。これが精神病症状と関係すると考えられています。
 
フィードバック機能は、繰り返しの刺激に対して形成される機能であるため、刻々とかわる状況変化に対しては対応しきれません。そこで、予めこうなるだろうと予測して制御するのが「フィードフォワード機能」です。フィードフォワード機能の代表は、小脳における運動記憶であり、自転車乗りなど一度体が覚えたことは自動的に対応できる機能です。
 
フィードフォワード機能は、周りの環境に対する振る舞いを脳の中の神経回路網に「内部モデル」という形で記憶するということを意味します。
脳は、学習前には内部モデルがないことからフィードバック制御を行います。要するに、過去の経験の範囲で反応しながらも、学習(フィードバック制御)を繰り返し、学習が完成すると、内部モデル(フィードフォワード)が形成され、以降の同様な刺激に対してはフィードフォワード制御に切り替わります。
目標を持ち、それに近づいてゆこうとするフィードバック誤差学習によって脳内に内部モデルが形成され、その後は、これを使ってどうすればよいかが予測できる様になります。
 
なお、脳は自ら刺激を作り出すこともできるため、外部刺激に頼らない学習も可能です。そのわかりやすい例が、「イメージトレーニング」です。脳の中でイメージ(刺激)を作り出すことで、適応的な回路を形成することも可能なのです。これは脳自身が回路を強化したり造り出す機能ですから、「観念機能」のわかりやすい一例といえるでしょう。
 
 
         人類の社会性と脳回路         
 
脳回路を神経細胞レベルで詳細にみていくと、思考が狭くなりがちなので、視点を少し広げてみましょう。脳の興奮性結合と抑制性結合の関係は、「人」もしくは「社会」のあり様にも(当然のことながら)投影されています。無意識に作られる脳回路が私たちにさせていることには、どのようなものかあるかを気付かせてくれる文章を紹介します。

脳の回路と抑制
 
脳科学の本によると脳の神経回路の接続にはプラスの信号を送る興奮性結合マイナスの信号を送る抑制性結合があるとのことです。大脳における記憶は興奮性結合の強化・維持であり、小脳の記憶は抑制的結合の強化・維持であるようです。脳の一部分、即ち神経回路のひとまとまりが一つの概念的な要素(認識や行動の単位)にあたると仮定して、大脳と小脳を比較してみます。
例えば、Aという認識に関わる部分とBという行動に関わる部分があるとすると、大脳は「Aという認識が起きたらBという行動をするというプラスの信号による連動」を記憶し、小脳は「Aという認識が起きたらBという行動をやめるというマイナスの信号による抑制」を記憶すると考えられるわけです。Bという行動が都合の良い結果をもたらせば、大脳ではAとBの関係は強化され、小脳ではそのままです。Bという行動が不都合な結果につながった場合は、小脳ではAからBへ抑制が強化されますが、大脳ではそのままです。大脳の記憶は頭の記憶で、小脳の記憶は身体の記憶だとすると、抑制というのは身体で覚えるものであり、意識的に頭で覚えることはできないということになります。
小脳の抑制を強化するには、Bという行動を繰り返して現実の不都合を経験する必要があります。しかし、それには時間がかかるし、不都合を何度も経験するのは無駄なので、時間と無駄を省くために意識的な努力をしよう…というのが近代化です。Bという行動による不都合を意識的に回避しようとする場合は、Bという行動を禁止し、禁止に従わない場合は罰を与えます。つまり、現実の代わりに社会的制度という仮想現実が与えられるわけです。その場合、不都合な結果の代わりに禁止や罰によってAからBヘの結び付きは抑制されますが、現実の不都合を経験していないので、なぜ禁止されるのかが良く分からないままです。
ここで、元々あったBという行動は我々にとって自然なものでした。これを社会的制度によって抑制することは、Bという自発的行動の抑圧です。Bという行動による不都合を身体で覚えることは面倒なので禁止に頼りがちですが、そうすることが自発性を損なうのだと考えられます。また、不都合を回避することは現実から遠ざかることであり、現実離れした世界観を生みます
抑制を身に付けるためには現実の不都合を認識し、それに結び付く行動を自発的に抑制する必要があります。社会的制度による禁止に従うことは自発性とは反対であり、なぜ禁止されるのかが分からないので、禁止されていない状況では自分を抑制することができなくなります。現実を不都合として経験することにより抑制を身に付けるのは、現実の世界を良く知るということでもあります。そのための時間や無駄を省こうとすると、自発性が抑制されてしまいます

この引用文の内容は、脳回路の観点では必ずしも正しいとは限りませんが、脳回路の興奮と抑制によって造り出される「観念」と「現実」を繋げて考える(イメージする)手助けになります。
 
「観念」を造り出し、文明や社会を発達させた人類は、「学習」によって実体験を伴わないことや経験のないことを理解し、記憶することが可能になったことで集団を超えた「社会」を形成することができます。しかし、現実を不都合として経験しない「観念(学習)」は多くの場合に「抑制」的であり、観念的な抑制では「自発性」も抑制されてしまうという視点には、身につまされる思いがします。事実として現代社会ではこのような状況が多発しています。では、抑制性結合により造られる「観念」には欠点≒限界があるのでしょうか?
 
それは違います。創造性を欠落した社会、ある意味では安定した社会においては社会的制度を客体として観念的に理解することから、現実に直面せず、実体験に伴わない観念(学習)が「自発性」を阻害してしまうのでしょう。しかし、現実の壁に直面することで理解し、突破するための「観念」はまさに実体験に裏付けされた学習となり、主体性が養われ、現実世界を造り出します。まさに、「創造的な脳」が文字通りの現実世界を造り出すのです。その「創造性」豊かな脳が、真っ当な「観念」を造り出すということです。人類はその創造的な脳を造り出したことで、「観念」を登場させたのです。
 
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次回は、「創造的な脳」に焦点を当てて、ようやく人類における「観念の登場」の秘密を解き明かします。
その鍵は、人類に特徴的な大脳に作用する「ドーパミン」にあります。サルの脳で使われる主要な神経伝達物質はノルアドレナリンなのですが、人類の大脳ではノルアドレナリンの生成過程物である「ドーパミン」が強く作用し、興奮性神経系を作動させます。「創造的な脳」は「幻覚」の誘因物質でもあるドーパミンによって造られたと考えられるのです。
 

List    投稿者 cosmos | 2013-12-10 | Posted in 4)サルから人類へ…, ④脳と適応, ⑬宇宙人・スピリチャルNo Comments » 

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