2013-06-27

君もシャーマンになれるシリーズ25~脳の進化から人類進化を解明する(後編)~

前回は、サルとヒトの違いは「脳」にあり、ヒトは遺伝子レベルで脳を拡大・強化する進化を辿ったこと、ヒトの脳は未熟な状態で生まれ、出産以後の脳の形成によって右脳と左脳が機能分化したこと、脳の成長過程における神経細胞の増加と消滅によって脳回路の進化が加速したことを示しました。(前編の記事は、こちら

今回は、「サルとヒトの違いは脳にあり、人類は脳の進化を主軸として進化した」という観点から、人類進化に関する仮説を提起します。

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現在の人類進化の仮説の主流は、『二足歩行の開始が人類進化の起点にあり、二足歩行が脳の進化を促した』というものですが、ここでは、『脳の進化が人類進化の最大の要因である』という立場から、『サルからヒトへの進化は脳の進化を起点として始まり、人類は全て脳の進化を促進する方向に適応した』という仮説を立て、その整合性を検証します。

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       木から落ちたカタワのサルが直面した危機       

はじめに、前編に示した脳の進化に関わる要因を整理します。

① 脳の拡大を抑制する遺伝子の欠損 (約300万年前)
② 強い顎の筋肉を形成する遺伝子の欠損 (約250万年前)
③ 多様なタンパク質を生成する遺伝子の獲得 (年代不明)
④ 未成熟な脳での出産とヒトとしての右脳左脳の機能分化 (年代不明)

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類人猿から進化した人類ですが、初めは非常に緩やかに脳の容量を増やし、約300万年前に、脳の拡大を抑制する遺伝子が欠損したことに加え、約250万年前に強い顎の筋肉を形成する遺伝子が欠損したことで脳を急激に拡大させる進化を辿ってきていることがわかってきています。(注:上図は高カロリー食が可能になったことも要因の一つとして示しています。)
しかし、脳が未熟なままで出産し、未完成な脳であるが故に誕生後の外界環境に適用してきた人類の脳はいつ頃から始まったのでしょう?

それを見ていく前に、進化系統樹でヒトの進化の枝分かれ位置とその時期を確認しておきます。ヒトはオランウータンからゴリラの系列で約700~500万年前に誕生したと考えられています。チンパンジーやボノボと共通した祖先から枝分かれしていることから、以降では人類の祖先を仮に「原チンパンジー」と呼ぶことにします。

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ゴリラなど比較的大型化した類人猿から始まった人類ですが、人類初めの祖先は木に登れないという欠陥を孕んでいたと考えられています。樹上生活中心のサルがいきなり地上に落ちてしまっては、あまりの環境の変化に適応できずに絶滅していた可能性が高いのですが、当時の状況として、ゴリラ以降の類人猿はすでに樹上と地上の両方を生活の場としていた可能性があります。だとすれば、木に登れない人類の祖先にも地上のみの生活にもある程度の適応性があり、種として生き残れる可能性が残されていたと考えられます。

しかし、食料が豊富で安全な樹上生活を失うことは、非常に大きな環境変化です。特に、樹上で果物や果実を主要な食料としてきた環境から外れた影響は大きく、食性を変えざるを得なかったと考えられますが、原チンパンジーにとって今まで適応してきた果物や果実中心の食性を変えることは容易なことではありません。

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一般に哺乳類は体内でビタミンCを生成する能力を持っているのですが、メガネザル以降の霊長目はその能力を失っています。一説では、樹上を支配的に生活圏としてきたサルはビタミンCが豊富な果実をふんだんに摂取できる環境にあったため、体内でビタミンCを生成する必要がなくなったと言われています。おそらくどこかの段階でビタミンCを生成する遺伝子の欠損が起こったのでしょうが、環境的に不都合がなかったため、今まで通りに生き残れたのです。

その生存に必要なビタミンCの生成能力のないサルが、木に登れず、果物が摂取できない場合に起きる現象が、ビタミンCの不足による『早産』なのです。現在のサルにも人間にも、『早産』の原因に『ビタミンC』の不足があります。集団全体に及ぶ食性の変化を要因とした『早産』は、一匹のメス原チンパンジーにとどまらず、集団の傾向として現れることを意味します。

   『早産』による未熟児を集団で育てる環境が『二足歩行』を促した   

早産で出産した赤ちゃん原チンパンジーの肢体は相対的に未熟になることから、出産直後は今までの様には外界に適応できなくなります。赤ちゃん原チンパンジーが母親にしがみつく力も弱まり、自立的に行動できるようになることも遅れます。その状況が進めば、母親は赤ちゃん原チンパンジーを抱きかかえて育てる期間が増えることになり、子どもを抱きかかえての行動、すなわち、『二足歩行』が増えることになります。

初期のたどたどしい二足歩行では危機に際して満足に逃げることができないため、母親は子どもを抱きかかえての食料確保ができなくなります。無論、危機に面した場合には子どもを捨てて逃げる可能性もありますが、その様な選択を優先していたとするならば、たちまち集団は途絶えてしまっていたと考えられます。なぜならば、食料の少ない環境では大集団は形成できず、自ずと小集団にならざるを得ないからです。そこでの子どもの死は、集団の死を意味します。

そのため、母親の子育ての時期には、オス原チンパンジーが子どもとメスの食料を地上で確保しなければならなくなります。地上の食料を確保するには危険を覚悟である程度のエリアを移動する必要があり、食料を見つけてはそれを両手に持って急いで巣に持ち帰ることになります。そのためにオスもまた『二足歩行』、『二足走行』が強いられるのです

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   メスの『二足歩行』により、更に早産が進み、未熟児が常態化する   

メス原チンパンジーの『二足歩行』の頻度が増えることによって、さらに早産傾向は強まります。サルが二足歩行することによって早産が生じることは、すでに多くの研究で指摘されており、①骨盤が縮小する、②産道が狭くなる、③原チンパンジーの体型のままで直立歩行すると産道が直線的になり出産しやすくなることなどがいわれています。

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メス原チンパンジーの二足歩行によって早産がさらに悪化することで、赤ちゃん原チンパンジーはより未熟な状態で出産されることになるのですが、これは比較的急激な変化だったことでしょう。その場合、集団としてもこの変化に適応することが求められます。『如何に地上で生活するか』、『如何に安全な場所を確保するか』、このことに適応しなければ集団も進化も途絶えてしまいます。このように、木に登れなくなった原チンパンジーが地上で生活する上で一番重要なのは、『安全の確保』です。外敵に弱く、未熟な子どもとメスをいかに守るかが、オスの集団における最大の役割となり、課題となります

森林において樹上以外で外敵から身を守るには、穴に潜るか水の中に入るしか無かったことでしょう。水の中は一時的な避難場所としては有効でしょうが、生活には適さないので、子どもを育てるためには地面の穴や洞窟に隠れ住むしか無かったと考えられます。森林における地面の穴や洞窟は温度と湿度が高いため、長時間を過ごす様になると毛が抜けてきます。また、今までの環境とあまりにも異なることから、様々な皮膚病や病気にも悩まされていたかも知れません。なお、ヒトの体毛は、胎児の段階から出産までは濃く、その後一旦抜けるなど、「裸で無力」なヒトの乳児の性質は二次的に獲得されたといわれています。

   早産による未熟児と飢えが、サルの脳を人類の脳に進化させた   

その様な環境の中での『早産』と『栄養不足』が赤ちゃん原チンパンジーの脳に与える影響を考えてみましょう。ビタミンCと栄養不足に加えて、骨格的に無理な二足歩行を強いられたことで早産傾向はますます強まり、通常以上に過酷な未熟児が誕生した可能性があります。その様な状況では、多くの赤ちゃんは死産だったことでしょう。

その中でも生き残った赤ちゃん原チンパンジーの脳は、未完成なままで生まれ、誕生後にも脳の成長が延長された可能性があります。その上での『栄養不足』です。ある時期の極度の栄養不足によって、赤ちゃん原チンパンジーの脳の神経細胞が部分的に死滅した可能性があります。前編に示した様に、人の脳の特徴の一つは、脳の増殖とその後の部分消滅によって実現できた脳回路の拡大と強化なのです。部分消滅以降に形成される脳回路は明らかに本能にはない新たな環境に適応する脳を形成します。その状態でも生き残れた子どもがいたとすれば、それが知恵を獲得した人類の誕生、人類の脳の誕生だったと考えられます。

早産による超未熟児が生き残り、さらに向かえる栄養不足による脳細胞の部分死滅も乗り越えた子どもの脳は、生後の環境に適応した脳回路を形成した可能性があります。あたらな環境に適応する脳=『知恵を持った人類の誕生』といえるでしょう。早産とそれによる死産、生まれてきても死んでしまう赤ちゃん。それをどこまでもあきらめずに育てようとする母親。極端に弱い子どもと母親・小さな集団を守るために決死の覚悟で食料を抱えて歩きまわるオス。それが人類始まりの姿だったと考えられます。

(注)未熟な脳での出産や幼児期の脳細胞の部分死滅も、人類進化上のある段階でそれに関わる遺伝子の異常が生じている可能性は高いと考えられます。しかし、重要なのは、その遺伝子異常が生じた際にその種が生き残れる環境や状況が整っていることが必要なことです。ここで取り上げた仮説は、人類進化に関わる遺伝子の進化がどのような環境において可能だったかを示すものです。

  生き残るために、メスは常に発情し、多産化の適応を果たした  

多発する死産や子どもの死も乗り越えて、種として生き残るためにメスは発情期を狂わせ、多産の道を選択しました。具体的には、栄養失調に伴う月経周期の変調と洞窟の中という昼夜をいとわない生活環境が発情周期を無効化したと考えられます。チンパンジーのメスは排卵期だけに発情するため発情期は月に1週間ほどしかありません。さらにチンパンジーのメスは、妊娠・出産すると、赤ん坊が離乳するまでの約6年間は全く発情しないのです。数匹の小集団であったであろう原チンパンジーがその発情周期のままでは、種として残れないことはほぼ間違いなく、原チンパンジーは比較的初期に発情期を解除した可能性が高いと考えられます。このことは同時に、原チンパンジーは比較的初期から穴ぐらや洞窟生活を選択していた可能性を示唆します。

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スタークフォンテン洞窟内にある地底湖

概日リズムと発情周期を司っているのは松果体であり、日光を浴びることでメラトニンの生成リズムを形成しているのですが、洞窟生活による昼夜を問わない生活がメスの発情期を狂わせた可能性があります。メス原チンパンジーも比較的安全な夜には外に出ていたと考えられ、夜の周期、すなわち月の周期が生きる上での基本リズムに変化したと考えられます。これが女性の月経周期の原点となっているのでしょう。

発情期を無効化させることで妊娠の機会を増やした結果、ヒトはサル目の中で最も多産な種となりました。生物学上、一個体の雌が生涯で産む子の数は最大で15人前後と言われていますが、その最大数に対応し、双子、三つ子を産むことができるサル目はヒトだけだと言われています。双子や三つ子の出産もまた、未熟児に対応したメスや人類進化の適応を示唆します

  骨髄をすする食性が、脳を強化し、脳の進化を加速した  

アフリカの森林はやがて乾燥化が進み、森林は減少し、草原化してくると、地上には新たな外敵が増えてきます。そのため、彼らはより安全な場所への移動を余儀なくされます。そこで彼らが選んだのは、起伏の多い岩場や峡谷の洞窟でした。外敵が少なく、比較的乾燥した峡谷の洞窟は、彼らの安全な生活には適していましたが、問題は獲物や食料の不足です。

峡谷には動物も植物も少ないため、食料を確保すること対しては非常に困難な場所です。それでも彼らは子どもと女の安全を優先して、この場所を選びました。この地では男は昼夜を問わずに食料確保に奔走したことでしょう。そして、食べられるものは何でも食べたと思われます。それが、他の動物が残した死肉であり、骨髄をすする食生活です。骨髄は動物の死後1週間くらいは腐らずに食べることができたので,肉食動物の食べ残しからごちそうを取り出すことができたわけです。恒常的に飢えに苛まれた生活は、壮絶なものだったことでしょう。このような環境においては、集団内でのわがままなど許される筈も無く、たとえ死に直面したとしても集団や仲間への感謝を無くしては生きていけない環境です。誰もが皆のために生きる存在であったことには疑いの余地はありません。

しかし、人類進化においては、この環境は非常に重要な意味を持っています。一つは、仲間や集団第一の人類本来の価値観が形成されたことであり、もう一つは、この食環境が脳の進化を促進したと考えられることです。実は、骨髄をすすることは、脳細胞の成長には非常に有効だったと考えられるのです。骨髄は非常に栄養価が高く、特に脳に必要な成分が大量に含まれています。栄養不足で幼児の脳細胞が部分死滅する状態でも、かろうじて生き延びられたのは、残された脳細胞だけは更に強化できる『骨髄』という最低限の条件が重なっていたと考えられるのです。

肉体は限界まで追いやられたとしても、脳の進化は新たな知恵を生み、火を使えるようになった段階では、食生活も狩りの技術も飛躍的に改善したことでしょう。火を使った調理が可能になることで、多様なものが食べられるようになります。食の幅が広がるのです。加えて、調理することで効率的に栄養を吸収することが可能になることから大量のエネルギーを消費する脳をさらに拡大させることが可能になったわけです。この段階になって、ようやく脳を拡大する遺伝子が欠損し、続いて強い顎の筋肉を形成する遺伝子が欠損し、本格的な脳の拡大過程に入るのです。

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以上から人類の進化は、脳の進化そのものであった可能性が高いと思われます。それは胎児以降の脳の拡大とそれによる早産→未熟児を安全に育てるための二足歩行と洞窟生活、厳しい飢えを契機とした脳細胞の消失と骨髄摂取による脳回路の拡大と強化が人類の進化の概要です。また、自然界ではあまりにも弱い赤ちゃんとそれをどこまでもあきらめずに保護し育てた母親、子どもと女を命をかけて守り続けたオスが人類を今まで繋ぎ続けてきたのであり、人類の原点がここにあるといえるでしょう。

★この記事を、発想のきっかけを頂き、第二子の誕生を迎えて産休に入られた松之さんに捧げます。元気な赤ちゃんの誕生を心よりお祈り申し上げます。

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コメント1件

 我無駄無 | 2015.06.18 1:04

このシリーズ、面白いです。

このページと前のページでは、脳から見たチンパンジーと人間の比較をしていますが、最近の研究によると、「調理をするか否か」が人間と、チンパンジーとを分けるボーダーラインになったようです。

チンパンジーが料理しない理由
http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1860635.html

簡単に言うと、「調理器具がチンパンジーの周りになく、また彼らは「他人」を信用しないために、すぐに食べ物を食べる必要があったことや、食べ物を加熱処理をすることで、得られるメリットを理解できないから、調理をしない」というとになりますが。

言うまでもなく、かたい食べ物でも加熱することで柔らかくなり、また消化しづらい食べ物でも、火を通せば消化しやすくなります。

これは、食べ物から得られる栄養素が、加熱することで、これまでとは比較にならないくらいに、増加するわけです。

また、加熱することで、殺菌することもできるので、食べ物を生で食べるよりも格段に安全性が向上します。

結局、極論を言えば、「チンパンジーは調理をしないから、人間になれなかったのだ」。こういう話になりますが、これは裏を返すと、「チンパンジーが自発的に調理をするようになると、その先に「猿の惑星」がある」ということですね。

願わくば、その前の段階で人間が、新たな進化に達していればよいのですが。

おそらく、次の段階の人間の進化は、「脳のwifi化」でしょう。

つまり、脳が何らかの電磁波を送受信して、多人数間で神経情報や意識や思考を共有して、それによって様々な活動をしていく。ということですが。

それが現実化した時に、いわば無線LANの「親機」の役割を果たすのが、「シャーマン」なのだと思います。

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