2022-09-01

観念機能の形成過程25~生物史・人類史から見ると「反抗期」とは一体何を意味するのか?~

前回、思春期にリスクのある行動(=危険を好む行動)をとるようになるのは、【人類の適応戦略として軟弱化を防ぎ、変異(大胆な行動)を促進する為】だと分析しました。

では、思春期の特徴として出てくる「反抗期」。

この【反抗期】とは、生物史・人類史から見ると一体どのような意味があるのでしょうか?

 

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■「反抗期」とは生物史・人類史的に見ると何を意味するのか?

ウィキペディアによると

※第二反抗期
個人差はあるが、小学校高学年〜中学生の思春期の時期に起こるとされている。文部科学省では精神的な自立の手がかりを得るとされる中学2年生の頃と定義している。思春期では急激な体の成長や変化に心の成長が付いていくのが難しいとされ、先輩後輩といった上下関係など学校での生活環境の変化などからも反逆心が芽生え、不安やストレス、不満、矛盾、自己主張などといったやり場のない思いから反抗期が生じる。

中には反抗期がなかったり、表に見せない子供もいる。反抗期はマイナスイメージが多く、ないことはいいともされるが、アイデンティティ確立のためには欠かせないともされ、思春期に反抗期が全くないと一人の人間として自立できないということも懸念されている。

とありますが、反抗期が無くなりつつある現在でも、「上下関係が出てくる学校制度」や「生活環境が変わること」などは無くなっていないし、その変化に対して反抗心が出てくるというのは、あまり整合度は高くありません。

 

では、そもそも初期人類に「反抗期」なるものがあったのでしょうか?

明日生き延びるのも必死な中で、一体化が唯一の生き残れる道であるのにも関わらず、”親に反抗する”ということ自体考えられません。

つまり、人類の適応戦略上、性闘争の代替として発現する「思春期」に対し、「反抗期」は、その変異を促進する、リスクある行動に対し、親や先生、あるいは社会が「抑圧する」。その「抑圧に対しての反抗」だと考えられます。

思春期の性エネルギーを抑圧されることで生まれる反抗期。そのエネルギーが社会運動にまで至った事例があります。

戦後最大の「反抗期」とも言えるのが、60年安保闘争の全共闘運動です。
1960年頃、日米安保条約反対闘争などをめぐって運動が過激化しましたが、政治闘争に加えて大学の管理運営や学費値上げなど学園問題を取り上げ、一般学生を巻き込む形で大学内における紛争が頻発するようになりました。

この背景には、当時の「農村育ちの親・先生世代」と「都市生活育ちの子ども・学生世代」の「価値観」の対立、つまり「世代間価値対立」によってもたらされたと考えられます。

その後、暴走族やヤンキーが若者を中心に流行りましたが、これも「私権制度(⇒良い学校⇒良い会社)真っ只中の親世代」と「仲間収束の若者世代」との価値対立の象徴です。

しかし、現在は親世代も私権衰弱⇒仲間収束の中で育ってきているので、現在のこども世代の仲間収束世代とほぼ同じ時代を生きており、価値観の相違もそれまで無いが故に、「友達親子」など反抗期が無い状況だということなのではないでしょうか。

つまり、「思春期」というと、ネガティブなイメージがありますが、生物史・人類史から見ると、適応戦略上の「飛躍期」だと言えます。
それとは違い、「反抗期」は世代間の価値対立によって生まれたもので、決して普遍的なものでは無いということが言えると思います。

今日はここまで。

List    投稿者 tuti-nor | 2022-09-01 | Posted in ①進化・適応の原理, ④脳と適応No Comments » 

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