2020-03-03

進化生物学から見た「カタワのサル(人類)が生存出来た理由」その2

進化生物学から見た「カタワのサル(人類)が生存出来た理由」の続きです。

「進化生物学から見た”子ども”と”思春期”」からの転載です

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■社会が「子ども」を育てる

 

では、なぜ、ヒトの赤ん坊期が短いかというと、私は、チンパンジーのように、体重35~40㎏に対して388㏄という脳の大きさが、母親の授乳で育てられる限界なんだと思います。チンパンジーより3倍も大きいヒトの脳を母乳で賄うのは無理なので、早目にやめてしまうのではないかと。と考えると、母乳以外の栄養として何を食べさせるか、それから誰が食べさせるかが問題になります。まだ大臼歯も生えていないし、あごも小さい、でも離乳はしたという子どもに食べさせる食べ物が、原始的な時代からあったということですよね。また、母親以外にも子どもに特別に食べさせてあげる大人たちがいたということです。その2つがクリアできないと、こういう早い段階で外に出してしまって、母乳もやめてしまった後に、特別食で子どもを大きくするというストラテジーにはできない。それを支えるインフラとして、そういう食べ物があるということと、サポートしてくれる社会的ネットワークがあるということが絶対必要だと思います。

そこでヒトの狩猟採集社会を見てみると、いろんな離乳食があります。子どもは脳を成長させなければいけないので、カロリーと脂肪と蛋白質がすごく必要です。そのために、多くの狩猟採集民の社会で子どもに特別に与えられているものが蜂蜜と骨髄です。小さい子たちも、そうした食物を与えられることによって、その時期を乗り越えることができるわけです。

また、人類進化の95%は狩猟採集民だったわけですけれども、その中で誰が子どもの世話をするかというと共同繁殖です。いろんな人がかかわって育てていて、親、特に母親が1人でケアするのが普通という社会は存在しません。それから、小さい子たちの周りには異年齢の集団、ちょっと上の子どもたちがたくさんいるし、血縁、非血縁を問わず、いろんな大人がいて、一緒に暮らしている。そういう人たちが入れ替わり立ち替わり子どもを見ているし、食料自体も、親がとってきたものだけでなく、みんながシェアをするので、みんなに支えられて子どもは育つというのが人間の原点です。そうでないとやっぱり無理なんです。脳が大きい、すごく時間をかけて育てなきゃいけない、でも、何もできない時期が何年も続くという存在を、血縁の一番濃い親だけが全部やるなんて無理で、単に食べて生き続けるということだけとっても、さまざまなサポート、ネットワークがあります。

去年出たProceedings of the Royal Society だったと思うのですが、その論文で、狩猟採集民の集団の構成を調べると、血縁者だけじゃなくて、非血縁者がいっぱいいるし、お母さんの友達とか、お父さんの友達とか、お父さんの弟とか、血縁を超えたいろんなソーシャルネットワークが常に流動的にあることがわかりました。お互いに食べ物をサポートし合う関係というのが、子どもをサポートし合う関係でもあり、みんなでリスクも責任も分散してヒトの子どもも育つということなのでしょう。だから、原点はこれなんだということをもう一回、社会福祉の制度の中に考え入れないとダメだと私は思います。

思春期というのもまた不思議な段階ですけれども、動物学的には、栄養、移動、心理的保護でほぼ自立しているが、まだ完全に繁殖を開始していない時期、と定義します。チンパンジーでもニホンザルでもちょっとだけはあるんですけれども、ヒトは結構これが長いですね。大人とも子どもとも呼べない時期ですけれども、子どもは毎年の成長率がほぼ一定なのですが、思春期にグッと加速度がついて、体が大きくなります。この思春期のスパートがほかの類人猿にもあるのか長いこと議論されてきたのですが、最近の結論としては、類人猿にはないということがわかってきました。

なぜ人間の子どもに思春期のスパートがあって大きくなるのかはまだよくわかっていないんですが、胎児、赤ん坊、子どもの時期は脳を大きくしていくために栄養がとられるので、体には低速運転でしか投資していないのではないか。脳の整備が一応整ったところで体に回して、体を大きくするのではないかと考えられます。

本当に人間って不思議だと思うのは、メスのチンパンジーの体重は33㎏で、ヒトは45㎏ですが、生殖年齢はチンパンジーが平均13歳で、人間は狩猟採集民の平均で初産年齢が17.3歳。平均寿命は17.9歳と34.9歳です。ところが、離乳年齢は、チンパンジーが4.8歳なのに対して、ヒトは2.8歳。また1年間にメス1頭が生産する率はどれだけかというと、チンパンジーは0.082ですけれども、ヒトは0.142で、2倍ぐらい人口増加率が高いわけです。つまりヒトは、チンパンジーよりも脳が大きくて、チンパンジーよりも成長速度が遅いのに、離乳年齢が早くて、しかも人口増加率も高い。こんなに頭の大きい生き物がこれだけ早く離乳して、しかも死亡率が低くて、これだけ多く生まれて育っていけるというのは非常に不思議なことです。

それを支えているいろんな進化的な背景が、幾つかわかってきましたけれども、1つは、ヒトは死亡率が本当に低いのです。今、ヒトに固有の遺伝的変化がどこにあったかがわかってきていますが、その1つに、シアル酸の代謝に関する遺伝子がなくなったことによって、非常に免疫力が高くなって死亡率が低くなったことがわかってきています。だけど、それだけじゃなくて、チンパンジーは全くひとりで子どもを育てるんですね。私の研究では、子どもを持っている母親が何頭のほかの個体と一緒に過ごすかを調べたところ、最大7頭です。ほとんどひとりで子育てしていて、1日に一緒にいる他の個体は2頭か3頭が平均。つまり、子どもは、母親が母乳を出してひとりで育てていくのです。一方、ヒトの子育ては共同作業で、子育てをサポートする仕組みが非常にたくさんある。そのためにヒトの子どもは、親だけじゃなくて、他の大人にも頼って、安心して養ってもらいながら、いろんなことを習っているわけです。

子どもというのはこの期間に脳を成長させて、そこに知識を詰め込んでいって、手指の発達や、技術の発達などをどんどんやっていかなきゃいけないのですが、それも、社会的ネットワークが存在して初めて可能になったのでしょう。そういうインフラがなければ、ヒトという生き物は進化できなかったと思います。そういう意味でも、現代社会が、すごく個人主義になっているのはおかしいと思います。

なお、チンパンジーは潜在最長寿命が55歳で、ヒトは100歳なのですが、産み終わり年齢はほとんど同じで両方とも48歳ぐらい。このギャップも多分、遺伝子のどこかに変化が起きているに違いないのですが、まだわかっておりません。

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その3へ続く

List    投稿者 seibutusi | 2020-03-03 | Posted in ⑧科学ニュースよりNo Comments » 

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