2013-03-02

生物は電気エネルギーで生きている!?-膜電位の秘密-

すべての動物は細胞膜上に、ナトリウムを細胞外に汲みだし、カリウムを細胞内に取り入れる、ナトリウムーカリウムポンプと呼ばれる仕組みを持っています。この仕組みは動物だけではなく、海藻や一部の単細胞生物や細菌にも存在することが認められています。
また、すべての植物や、バクテリア含めた単細胞生物は、水素(イオン)を細胞外に汲み出すプロトンポンプという類似の仕組みを持っています。
これらは全て、細胞膜上の膜タンパクを使って行なわれており、その結果細胞外部がプラスに細胞内部がマイナスに帯電し、細胞内外に電位差を生じさせています。これは「膜電位」と呼ばれています。
全ての生物の細胞内外に電位差が存在するということは、生命が登場するにあたってこの膜電位が不可欠でなものあったものであることを意味します。膜電位については高校生物の教科書にも記載されていますが、しかし、何故それが必要なのかについては、参考書はおろかどこにも明確な記術がありません。
そこで論理的推定も含めて、今回は膜電位の秘密に迫って見たいと思います。

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まず細胞が膜電位を生み出す仕組みについて明らかにしたいと思います
膜電位は細胞の内外の物質のイオン濃度の差によって生まれます。この濃度差を生み出しているのが、代表的には先ほど触れた”ナトリウム-カリウムポンプ”です。
このナトリウムポンプを駆動させているのが、ナトリウムATPアーゼ(Na+-ATPase)という細胞膜を貫通するタンパク質で、細胞内にあるATP※のリン酸結合のエネルギーを利用して、一回当たり3つのナトリウムイオン(3Na+)を細胞外に汲み出し、同時に二つのカリウムイオン(2K+)を細胞内に取り込みます。
そうすることで、細胞内外のナトリウムとカリウムの濃度差が生じます。例えばこのポンプが駆動し続ければ細胞外のナトリウムイオンの数は、細胞内のカリウムイオンの1.5倍の濃度となります。このイオンの濃度差が電位を生じさせるのです。
この場合一価のプラスイオンが細胞外の方が濃い状態ですから、外側がプラスに内側はマイナスに帯電します。このナトリウムポンプを駆動させるのに生物は全ATPの30%ものエネルギーを使っています。
※細胞は細胞呼吸によって有機物を分解し、ATP(アデノシン三リン酸)にエネルギーを蓄えています。ATPは生物のエネルギーの貯蔵庫なのです。
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        ナトリウムカリウムポンプ
より原始的な仕組みと考えられるプロトンポンプも同様の仕組みで、同じく細胞膜を貫通するタンパク質、プロトンATPアーゼ(H+ATPアーゼ)や、プロトン・ピロホスファターゼ(H+PPase)等を用いて、水素イオンを細胞膜外に汲みだし細胞内外に電位差を作り出しています。この仕組みは好気性細菌を起源とし、真核生物と共生したと言われている細胞のミトコンドリア内の電子伝達系でも用いられています。
では何故全ての生物はこのように大量のエネルギーを使ってまで、イオン濃度差を作り出しているのでしょうか?
ナトリウムポンプは、細胞の浸透圧調整に一役買っていると言われています。
細胞内は物質濃度が細胞外より濃いため、放っておくと水が流入してくるので、ナトリウムを汲み出すことで細胞内の濃度を調整しているのです。また、細胞膜にはナトリウムを通すナトリウムチャネルという膜タンパクが備わっており、このチャネルが開くとナトリウム濃度が薄い細胞内にナトリウムが勢いよく入ってきます。この勢いを使って色んな物質を取り込んでいるのです(またこのナトリウム流入により電位が逆転することで、電気信号によって刺激を伝達しているのが神経の基本的な仕組みでもあります。)
しかし、ナトリウムポンプのない細菌や植物では、流入した水を液胞に貯め、それを放出するという、別の仕組みが存在します。またプロトンチャンネルには栄養物の取り込作用はないようです。従ってこの浸透圧調整や貪食作用はナトリウムポンプのみに固有の機能と考えられます。
従って、プロトンポンプも含めての共通した機能は文字通り、膜内外に電位差を作ることに絞られます。電位差は電子の流れを生み出します。この場合電子は膜の中から外へ流れ、それによって逆に膜の外側から内側に微弱な電流が流れます。つまり電気エネルギーを取り込むために電位が作られていると考えられるのです。
そして近年、研究によって微弱電流はATP合成を促進するということがわかって来ました。つまり電気エネルギーによって生物はタンパク質やRNA合成に不可欠な(そのエネルギー源である)ATPを作り出しているのです。また古細菌はこのATPのエネルギーで鞭毛を駆動させ運動しています。
つまり物質合成や運動のために生物は膜電位をつくり、その電気エネルギーを活用しているのです。
生命が電気エネルギーを取り入れていたなんて、ちょっとした驚きですね。
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       膜電位                           プロトンポンプ
生物は進化史上ではまずプロトンポンプによって膜電位を作り出し、その後,動物を始め、より大きなエネルギーを必要とする生物たちが、エネルギー効率の高いナトリウムポンプへと塗り替えていったのではないかと考えられます。
(ちなみに実は動物たちも現在も電子伝達系以外でもプロトンポンプを使っていますが、細胞膜の小胞で異物を包み小胞内を強酸性にして異物を分解するという、エンドサイトーシス等の目的に転用されていったようです。)
しかし最後に難問が残ります。これらナトリウムポンプやプロトンポンプを駆動させるのにATPを生物は使っています(或いはこれらのタンパク質を作るのにもATPを使っています。とすれば、ATP(生体内の化学エネルギー)が先に出来たのか、膜電位(電位差、電気エネルギー)が先に出来たのかという問題です。これについては、私はおそらく(膜)電位だろうと考えています。実際細菌の中には光のエネルギーを使って(ATPを使わず)、膜電位を作り出すタイプの生物がいます。
最後に、生命の起源において、電位差のある空間がたんぱく質や核酸などの物質合成を促進することで生命が登場したと考える最新の研究を紹介してこのエントリーを終わりたいと思います。
ブログ「自然史ニュースより」

現在のすべての細胞では、ATP合成酵素と呼ばれる酵素が細胞膜を横切るイオンの流れによるエネルギーを使って汎用エネルギー貯蔵分子のATPを作る。そしてこの必須の過程は、これらの勾配を生み出すイオンポンプタンパクに依存する。しかしこれは「鶏が先か、卵が先か」という問題を生じさせる。細胞はイオン勾配を作るタンパクを用いてエネルギーを貯蔵するが、それは最初の段階でタンパクを作るのにエネルギーを使う。
レインとマーティンは、水素が飽和したアルカリ水が海底の噴出孔で酸性の海洋水に出会い、触媒性の鉄-硫黄鉱物に富んだ岩石中の薄い鉱物「壁」を通した自然のプロトン勾配を作ったと主張する。この設定は二酸化炭素と水素を有機的な炭素含有分子へと変え、それが互いに作用してヌクレオチドやアミノ酸などの生命の材料を作るのに正しい環境を作れるだろう。

http://yuihaga.blog.fc2.com/blog-entry-201.html

List    投稿者 kitamura | 2013-03-02 | Posted in ①進化・適応の原理1 Comment » 

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コメント1件

 masayukitakechi | 2015.06.15 3:48

動物細胞の細胞膜上のナトリウムポンプ(Na+, K+-ATPase)は細胞内の1モルのATPを消費して細胞内から外へ3Na+を排出すると同時に細胞外から内へ2K+を取り込む。差し引き1モル分のNa+を細胞外に出すことによって、細胞内の浸透圧を低下させて水が細胞内に侵入するのを防ぐ役割(細胞内をマイナスにする効果は下述の約1割)をしているが、それと同時に、細胞内のK+濃度を細胞外のK+濃度よりも10倍以上高く、細胞内のNa+濃度を細胞外のNa+濃度の1/10以下に保つ働きがある。この濃度勾配の維持に、全エネルギーの約1/3を必要とする。特に、K+の細胞内外の濃度勾配は静止膜電位発生の大きな原因となっている。つまり、細胞膜にはK+リークチャネルという、リガンドや電位変化がなくとも、ランダムに開閉しているK+だけを通すチャネルがあり、このチャネルを通ってK+が濃度勾配に従って細胞内から細胞外へ流れようとする。この流れと釣り合うように細胞内が細胞外に対してマイナスになるような静止膜電位(通常マイナス数十ミリボルト)が発生する。これが生きている証であり、細胞生物学の基本である。

補足;ポンプはエネルギーを必要とするが、イオンチャネルを通るのにエネルギーは不要、前者は能動輸送、後者は受動輸送に関係している。トランスポーターは受動輸送と能動輸送の両方の種類がある。ちなみに、「チャネルが開く」という表現は、開いたままということでなく、開いた状態のチャネルが多いということで、実はイオンチャネルの開閉は確率的で1つ1つのチャネルで異なり、開いている時間が長いのもあれば短いものもある。イオンチャネルの数も問題になる。それらの総和としてイオンが流れやすいか、流れにくいかということである。1つ1つのイオンチャネルは開く時は完全に開き、閉じる時は完全に閉じる。ところで、植物や菌類の静止膜電位は細胞内から細胞外へH+ポンプによってH+が排出されることにより細胞内がマイナスとなっている。動物と植物、菌類の静止膜電位形成機序が異なるのは何故か。進化の謎が潜んでいると思われる。

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