2009-09-21

生物の根本認識

どうやら私たちは、「生物」を識る上で大きな認識転換を図る必要がありそうです。
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人類は、生物の基本構造を「種」という単位に分類し、それらの動物種ごと、単独の進化系統樹を辿る事で枝分かれの歴史を把握しようと努めてきた。その成果により、現在では凡そ200万種の分類を特定し、さらにはその10数倍以上の種がまだ存在するだろう、と言われている。もちろん、淘汰適応の法則がある限り、それらの数は今後も無限大に増殖して行くだけである。
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例えばDNA解析による生物史の解明等は、文字通り生物を単体に分解する為の作業であり、異なるDNAの体系化=種の分化として定義付けを行う事に意義を見出しているが故に、その結果は分析を進めれば進めるほど、多様な生物種の存在が無限に拡散して行くだけであろう事は容易に想像できる。
しかし、この進化系統樹も微生物、単細胞生物のレベルにまで遡ると、一本の線では辿れなくなる。何故ならば、これら初期段階の生命体は、文字通り種を越えた生命共同体としての適応戦略にて、この地球環境外圧に適応していたと考えられるからだ。[群の中で発現する遺伝子]
そして、この共同適応の概念は今も尚存在し続ける普遍構造である。
何故ならば、生物種単体で、あるいは個体単独で存在しうる生命体などこの世には存在せず、いきとし生ける全ての生命体は、あらゆる食物・エネルギー循環の一部を相互に担い合っているに過ぎず、適応する為には常にどこかしらで共同戦線を張っているのが、事実。我々人類も同様、一見単独種として成立しているかのように見えても、その実体内や皮膚表面に多数の細菌類との共同戦線を張りながら、日々エネルギー代謝・循環を行っている。
あるいは、種間闘争についても、共同適応の概念で括る事は可能であろう。動物の世界で言われる「弱肉強食」といった概念も、現実には強弱による決着などは着いておらず、食物循環の各過程を相互に役割分化して担っているだけに過ぎない。あるいは、これこそ人類の近代思想、『個』を絶対とする価値観のなせる誤りであって、生物進化史において常に重要なのは、個体間の勝敗ではなく、生物群総体としてこの地球環境上に安定的に「外圧=内圧」の状態を維持できるか否か?があらゆる生物にとっての共通課題なのである。
るいネットの生物史注目投稿にて、「遺伝子の共同体」という認識が紹介されたが、この遺伝子の共同性は個体間をも越えて保持されている。単細胞に見られるバイオフィルムは、各個体間の遺伝情報の交換を絶えず繰り返しているし、我々多細胞生物においても、生殖を通じて常に同じ遺伝子を子孫へと引き継ぐ事により、生物としての共同性、即ち『型』を保持しながら、そこに僅かな差異(多様性)を組み込んでいるのである。
それだけではない。個体の枠組みを越えた遺伝子の共同性は、生物種の枠組みをも越えており、我々の体内に適応的である大腸菌などの微生物群の持つ遺伝子と我々の持つ遺伝子とは、お互いに適応的である事を遺伝的に継承している点から見ても、共同性を保持していると解釈できるであろう。
このように見て行くと、あらゆる生物群が生き抜く為の基本戦略は「種の保存」であるが、実はもっと大きな視点が必要となってくる。
生命共同体としての外圧適応
あるいは
安定に向かう地球環境に対する外圧創造
こそが、全生命体を取り巻く最大の共通課題である、という認識だ。そしてまた、地球上における自然外圧をほぼ克服した我々人類においては、同類間圧力を如何に高めていくか?という事が、生命共同体としての役割の一部を担う上での重要課題である、とも言えるであろう。

List    投稿者 kawait | 2009-09-21 | Posted in ①進化・適応の原理No Comments » 

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