2008-08-12

アミノ酸と生命のかかわり

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ここ最近のなんでや劇場は生命の基幹システムを探るというテーマで、タンパク質に焦点を当てた追求が続けられており毎回たくさんの発見があります。
タンパク質は、くっつく・つながる・反応する/化学反応をサポートする/かたちをつくる/はこぶ・動かすという4つの働きをもっており、かのエンゲルスが「生命はタンパク質の存在様式である」と定義したとおり、生命活動を支える最も重要な物質です。

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ところでタンパク質とはなにか?
・20種類のアミノ酸が繋がって構成されている。
・このアミノ酸の配列はmRNAにコードされており、mRNAはDNAから転写される。
・人間の場合20種類のアミノ酸から10万種類にも及ぶタンパク質が形成され、上記4つの働きを担っている。
――高校の生物で習ったのは、まあだいたいこのあたりまで。
 
しかし実際にタンパク質について調べていくと次々となんでだろう? 🙄 という疑問が生まれてきます。
 
・タンパク質の種類(数)は生物によって違うのか?
・20種類のアミノ酸は全生物共通か?
・必須アミノ酸、非必須アミノ酸があるのはなんで?
・全てのアミノ酸を自身で作れる生物はいるの?
・・・などなど。
今回はこれらひとつひとつについて明快な回答を探しきれたわけではありませんが 、タンパク質を理解する上で役に立つサイトを見つけましたので、そのサイトからの引用を中心にレポートしてみます。
  
以下「アミノ酸と生命のかかわり」 あしたのもと味の素より 引用
1.アミノ酸はタンパク質のアルファベット  
  

われわれの基本的な身体の働きは、10万種類にも及ぶたんぱく質の働きで営まれています。たんぱく質は20種類のアミノ酸がつながって構成されていますから、たんぱく質を単語、文章になぞらえれば、アミノ酸はアルファベットということになります。アルファベットの順序により文章に意味が付与されるのと同様に、たんぱく質を構成するアミノ酸の順序で(順序だけで)、たんぱく質に特定の機能が付与されることになります。この大切な順序を決めているのが遺伝子です。さらに遺伝子には、たんぱく質のアミノ酸の順序を決める機能に加えて、特定のたんぱく質を、いつ、どのような場所で、どのくらい作り出すかを決める機能がついています。

 

この部分は「遺伝子の調節部分」というように表現されますが、この調節部分がなければ、身体の機能は発揮されません。言葉をしゃべるとき、文章を作るときは、その構成要素である単語、あるいは文をでたらめに並べても意味がないように、体中のすべての細胞が10万種類のたんぱく質をでたらめに作り出しているような状態では、「生きている」という状況は作り出せません。
あるたんぱく質が適切なときに作られることこそが、生命の本質ともいうべきことです。そして、重要なことは、この遺伝子の調節部分の働きを担っているのも、基本的にはたんぱく質なのです。
言い換えれば「たんぱく質がたんぱく質の作られ方を調節している」ことになります。これも、人がどうやって言葉を憶えるかということになぞらえて理解できるかもしれません。

 

生まれてきた子どもは言葉をしゃべりませんが、言葉の数が増え、やがて複雑な文章が構成できるようになるのは、前に覚えた言葉なり文章を使って次々に新しい言葉を理解し覚えるからです。生物には30億年という長い長い進化の歴史がありますが、この歴史は、数少ないたんぱく質のレパートリーをもって誕生した原始的な生命体が、それらのたんぱく質の調節下にある新しいたんぱく質のレパートリー(つまり遺伝子のレパートリー)を次々に増やしていった歴史と理解することもできます。つまりたんぱく質とは、単語という素材自身にも、それらの素材を使っていかに文章を構成するかについて必須の働きをもっているような存在であり、生命の維持には不可欠なのです。

   
*人間がもっているタンパク質、10万種類に対して原核生物は(調べた範囲では)数百種類といわれています。原核生物と哺乳類の体の複雑さ、反応の多様性などを考えればその種類に違いがあること明確ですが、それが40億という長い進化の中で、「新しい言葉を覚えるように」獲得してきたという視点は非常に面白い視点です
また「あるたんぱく質が適切なときに作られることこそが、生命の本質ともいうべき」という視点もタンパク質を理解するうえで大変重要だと思います。
ヒトとチンパンジーは同じようなタンパク質構成で、タンパク質を作る遺伝子の差は1%くらいといわれていますが、タンパク質を作らない領域がかなり違っていたり、それを作る量とかタイミングが違うなど思った以上に違っていることが最近わかってきているようです。
10万種類のタンパク質もそれ自身は単語であり、いかに文章を構成するかが「生命の本質」であり、その構成機構をもタンパク質が握っている。「生命はタンパク質の存在様式である」という言葉もうなづけます。 
   
2.20種類のアミノ酸は命の源
  

たんぱく質は生命をつかさどる基本的なユニットですから、すべての生物はたんぱく質合成の素材となる20種類のアミノ酸を、何らかの方法で確保しない限り生きていけません。このことを理解しておくことはとても大切なことです。したがって、これらのアミノ酸を個々の生物が自身で合成することが最も直接的な解決であり、事実多くの微生物や植物は、炭水化物代謝の中間体とアンモニアからすべてのアミノ酸を合成しています。それらの生物にとっては、たんぱく質は外から摂取しなければならない必須の養分ではありません。

  

ところで実験室では、あるアミノ酸、たとえばトリプトファンの合成ができないように変異してしまった系統を選抜することができます。これをトリプトファン要求株と呼びますが、この要求株は当然トリプトファンを培地に入れてやらないと成育しません。
面白いことに、この要求株をトリプトファンを加えた培地で成育させると、自身でトリプトファンを作ることの
できる「野生株」より、かえって成育がよくなります。この現象は、トリプトファンを合成するために要するさまざまな代謝的負担が節約できるので、その余力をほかに回せるために起きていると解釈されます。

  

つまり、ある物質が常に外から摂取できるという条件では、そのものの合成能力を失ってしまったもののほうが、かえって「生存価」が高いことになります。ミルクのなかで成育するある種の乳酸菌には、全くアミノ酸の合成能を欠くものすら存在します。どうせミルクのなかで生きていくのですから、周りから容易に得られるアミノ酸は作らないほうが得だという理屈です。ただしこの乳酸菌には、ミルクのなかという特殊な環境でしか生きていけないという大問題が課されます。

  
*必須アミノ酸と非必須アミノ酸の違いは体内で生成できるか否かの違いですが、くわしく調べるとどちらも生成することは可能だが、必須アミノ酸はその生成過程が長く、作り出すのに非常にエネルギーがかかる。→外部依存するようになったようです。
ところで上記文章にでてくる「生存価」とはなんでしょう?未来の生存確率を示す概念として使われるようですが、「適応力」と読み替えることも可能だと思います。
    
3.非必須アミノ酸は非必須か  
  

必須アミノ酸という言葉を与えた研究者は、人生最大の失敗だったと嘆いているそうですが、この言葉は誤解を与え続けています。
ヒトを含む高等動物を対象にした栄養学では、必須アミノ酸という言葉が使われます。20種類のアミノ酸のうち、半分の10種類がそう呼ばれます。「必須」といったために残りの10種類は必然的に「非必須non-essential」と呼ばれることになりましたが、もちろんそれらが生体に不必要であるという意味では決してありません。
必須アミノ酸というのは、それらのアミノ酸の炭素骨格が動物自身では合成できず、したがって生きていくためには食物として外からとり入れなければならないアミノ酸のことです。

  

ところで前のトリプトファン要求株の話から考えれば、高等動物は必要な20種類のアミノ酸の半分しか自身では合成しないことによって、非常に大きな恩恵を受けていると考えられます。これはもちろん、必須アミノ酸が容易に食物から得られるという前提のうえです。この前提は、動物が植物あるいはほかの動物を、つまり生物を食物としてとっているということで満たされます。

  

生物はたんぱく質がなければ生きていけませんから、生物を食べるということは、その生物で役に立っていたたんぱく質を摂取するということにほかならないからです。そして動物には、摂取したたんぱく質を、いったん消化によって元のアミノ酸にバラバラに分解して、それらを吸収するという機能が備わっています。
つまり、自然界で最初に必須アミノ酸を作ったのは、植物か微生物かということで、必須アミノ酸は動物の間では、壊されないかぎり使い回されていることになります。

   
*原核生物のように全てのアミノ酸(だけでなく生体にとって不可欠なビタミンも)を自分自身でつくることができる生物から、一部のアミノ酸を外部依存(不完全なものになり)し、依存(捕食)する関係をつくり、その分「適応力」を向上させながら進化してきたのが生物進化だった。
先日の記事にある、『生命は誕生時点から不完全(完結したものでは無い)なものであり、ゆえに共に生きてきた=群れる結果になった』という興味深い提起に重ねて言えば、生態系という大きな循環システムによって微生物から高等生物までが生存しいる地球という惑星そのものが、奇跡のような 大きな群れを作り出しているような気がしてきます。

List    投稿者 chai-nom | 2008-08-12 | Posted in 未分類 | 2 Comments » 

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コメント2件

 blogger0 | 2008.09.18 0:12

細胞分裂の周期を、ヌクレオチド量で考察するのは、たいへん面白いと思います。ところで、分裂している間にヌクレオチド合成を司っているのはRNAなんでしょうか?

 fkmild | 2008.09.20 20:57

おそらく、ヌクレオチド合成自体は生体化学反応なので、特に司令塔役はいないのではないでしょうか。セントラルドグマによると、DNAからRNAが合成されることになっていますので、RNAの材料となるヌクレオチド合成の増減を司っているのはDNAであるということになります。そのようなドグマが本当なのか?がこのテーマの追求しどころであります。

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