- 生物史から、自然の摂理を読み解く - http://www.seibutsushi.net/blog -

シリーズ 超極小『素粒子』の世界20 ~DNAの二重らせん構造はどうやってできたの?~

DNA.jpg
画像はコチラ [1]からお借りしました。
     
前回の『現在の原子モデルとは?』 [2]『原子や電子ってどこまで観測されているの?』 [3]私たちは、どこまで見えていているのか?」という視点で原子や電子モデルの成り立ちを追いました。今回も同じように、皆さんにお馴染みのDNAの二重らせん構造に狙いを定めたいと思います。
     
また、別の視点から申し上げると、DNAの塩基は互いに水素結合により結合しています。前々回より始まりました『物質ってどうやってできてるの(1)-化学結合の仕組み-』 [4]にも通じる題材なので取り上げたいと思います。今回の記事では結合に関しては深く追求は行わず、DNAの二重らせん構造モデルが出来上がるまでの歴史をざっと押えていきたいと思います。詳しくお知りになられたい方は『生命体の中で起きる水素結合とは』 [5]『プリン塩基とピリミジン塩基の生成順序?』 [6]をご覧下さい。
     
ところで、DNAって一体なに??と思われる方もいらっしゃるかと思いますので、まずはDNAのスケール感や、どの部分の話をしているのかなどを押えていきましょう♪
     
続きへ行く前に応援をお願いします。


■DNAって何?
%E6%A0%B8%EF%BC%9E%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%EF%BC%9E%EF%BC%A4%EF%BC%AE%EF%BC%A1.JPG
     
 さて、私たちヒトは約60兆個「細胞」から出来ています。その細胞の中心に「核」があり、核の中には「染色体」があります(この染色体の最後の部分がXかYかで性別が分かれるんですよね )。
 そして、この染色体を形成しているのが、細かくキレイに折りたたまれた今回の主役「DNA」なんです。素粒子ほど小さくはありませんが非常に小さい世界です。ちなみに、混同しがちなのが「遺伝子」ですが、遺伝子はDNAの中でもたんぱく質を生成する設計図がある部分を指します。
     
そして、このDNAは私の体のエネルギー源でもあり、構成要素でもあるたんぱく質を作るための設計図になっています。塩基配列(塩基コード)というのがあって『A(アデニン)』、『T(チミン)』、『G(グアニン)』、『C(シトシン)』の4つがあり、その塩基コードをRNAが読み取ることで、どのアミノ酸を組み合わせるのかを読み取り合成して、たんぱく質を作り出します。
     
上記内容は『DNAの基礎知識~遺伝子、染色体、ゲノムとの関係性について~』 [7]『生物史に興味を持ってもらうシリーズ②~DNAとRNAって何?~』 [8]を参考にしています 😉 ぜひ、ご覧下さい
 どうですか DNAのことに興味が出てきましたか
 それではDNAの美しい 二重らせん構造が生まれた歴史を追っていきましょう。
     
 まず、結論を申し上げると
二重らせん構造は実物を写真で撮影した訳ではないので
              実際に見た人は誰一人いません!!

いくら探してもの写真や映像は出てきませんでした。では、なぜあのような形になったのでしょう 二重らせん構造を発表した“フランシス・クリック”と“ジェームズ・ワトソン”は有名だと思いますが、実は遡ること60年ほど前、エルヴィン・シャルガフという生化学者が見付けた法則が二重らせん構造を生み出す、ひとつのヒントとなります。
     
1950年 <エルヴィン・シャルガフ>
生物の持つDNAにおいてはアデニン(A)の数とチミン(T)の数が等しく、シトシン(C)の数とグアニン(G)の数が等しいというものである。例えばヒトのDNAでは、A=30.9%、T=29.4%、C=19.8%、G=19.9%となっていることを発見。この事実は、DNAに含まれる4種類の塩基(A、T、C、G)が、AとT、CとGの塩基対を形成していることを強力に示唆している。(後に“シャルガフの経験則”と言われる)
180px-Erwin_Chargaff.jpg
     
実は当時、シャルガフは大発見であったという認識は無かったそうです。そして1952年に“エルヴィン・シャルガフ”はケンブリッジで“フランシス・クリック”と“ジェームズ・ワトソン”に会い、これらの結果を伝えました。まったく別のところでDNA解析をしていたイギリスの物理学者“ロザリンド・フランクリン”はX線回折写真の撮影に成功しました。
     
1953年 <ロザリンド・フランクリン>
DNAの二重らせん構造の解明につながるX線回折写真を撮影
X%E7%B7%9A%E5%9B%9E%E6%8A%98%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%81%AA%E3%81%A9.JPG
     
実は、この写真はフランクリン本人がクリックとワトソンの二人に見せに行った訳ではなく、当時一緒に研究していた“モーリス・ウィルキンス”が見せに行ったらしいですね。(フランクリンとウィルキンスはあまり仲が良かった訳ではなかったらしく、「こっそり見せに行った」や「承認を得て見せに行った」など諸説あります・・・)
     
そしてシャルガフの経験則やX線回折写真から対になっていることに確信を持ち、①DNAの分子量の多さ②ひも状になっている③水素結合している部分を保護するの3点の仮説を加え、二重らせん構造の原子モデルをクリックとワトソンが発表します。
     
1953年 <フランシス・クリック>と<ジェームズ・ワトソン>
科学雑誌Natureに世界で初めてDNAの二重らせん構造を記述。※この時はたった2ページ
※1962年フランシス・クリック、ジェームズ・ワトソン、モーリス・ウィルキンス(フランクリンと一緒にX線回折によるDNAの構造研究をしていた)とともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。※X線回折写真の業績はフランクリンによるものが大きいが1958年に死去
%EF%BC%A4%EF%BC%AE%EF%BC%A1%E3%81%A7%E8%A1%A8%E5%BD%B0%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%9F%E3%83%92%E3%83%88.JPG
     
DNAのモデル自体は美しく統制の取れており、完成度の高いモデルであると思っています。だから、あまり疑うつもりはありません。しかし
     
観測データや論理を充たすモデルを考えた結果として
               二重らせん構造に可能性収束した

     
ということは、決して忘れてはいけません。ただ、二重らせん構造の美しさ故か「DNAが進化を紐解く鍵である」という見解が出てきたりするのもモデルに頼る学問の弊害がではないかと思います。
     
モデルはどこまでいってもモデルです。そのモデルに囚われ過ぎず、その成立の過程に同化して、論理整合していれば一旦は事実として認める。という程度に留めておくのがいいかもしれませんね。
     
参照
ジェームズ・ワトソン リンク [9] リンク [10]
モーリス・ウィルキンス リンク [11]
フランシス・クリック リンク [12]
ロザリンド・フランクリン リンク [13]

[14] [15] [16]