- 生物史から、自然の摂理を読み解く - http://www.seibutsushi.net/blog -

いまヒトの染色体で何が起きているのか? ~『性の進化史』より~

生物が雌雄に分化したのはかなり古く、生物史の初期段階とも言える藻類の段階である(補:原初的にはもっと古く、単細胞生物の「接合」の辺りから雌雄分化への歩みは始まっている)。実現論 [1]

性(オスとメス)を観ると「進化の原動力であり、多様な環境に適応できるシステム」そして「共に生きるという生命の大原則」 リンク [2]

生物進化の原動力の「性」はどのように進化してきたのか? そして現在、「ヒトのY染色体が退化している」と警告する論文が発表されたり(2002年)、進行するヒトの世界的な精子数の減少・・・と、いまヒトの染色体で何が起きているのか?

書籍『性の進化史』 (松田洋一 2018.05.25.)より見ていきます。

ミルパパの読書日記 2019年01月27日 [3] より。

性の進化史 松田洋一 染色体を中心に生物の性の進化の歩みをたどる

 

41sWSGT75OL__AC_SY400_ [4]

 「性の進化史 いまヒトの染色体で何が起きているのか」松田洋一 2018.05.25.進化生物学の懇切なテキスト

 

~前略~

それにしても性染色体の研究が近年、これほど大きく進んでいるとは知らなかった。本書のキーワードは副題にある「いまヒトの染色体で何が起きているのか」。染色体の中でも性染色体のひとつY染色体を中心に話が進んでいく。雌雄(メスとオス)がいる個体ではXとYという性染色体が存在する。このうちY染色体は男性となることを決める性染色体だ。ヒトの染色体は全部で46本あるが、44本は22の対になっているので残る2本が性染色体となる。男性の場合、XYの組み合わせで、女性はXXの組み合わせ。Y染色体があることで男性性が獲得されるわけだ。

Y染色体が退化していると警告する論文が2002年2月、英科学誌ネイチャーに掲載された。「性の未来」と題したもので、「『ヒトのY染色体は退化の一途をたどり、やがてY染色体は消失してしまう』という衝撃的な内容でした。Y染色体とは男性だけが持つ、まさしく男性を作る染色体ですから、Y染色体が消えるということは、すなわちこの世から男性が消えてしまうことを意味します」。

論文を発表したのはオーストラリア国立大学のジェニファー・グレイブス博士。性染色体進化研究の世界的権威だ。ヒトのX染色体には現在、1500個くらいの遺伝子が存在しているが、Y染色体にあるのはわずか50個程度。哺乳類の共通祖先が誕生したときにはY染色体にもX染色体と同数の遺伝子があったと考えられるので、「かつてのY染色体に存在したほとんどの遺伝子は傷つき、そして修復されることなく壊れ、その働きが失われていったと考えられています」。

遺伝子が失われた速度を計算すると100万年に5個程度、このままでは約1000万年後、すべての遺伝子が消失してしまうという。グレイブス博士は「ヒトのY染色体中の遺伝子がすべて消えるのは500~600万年後と見積りました」 。当然ながら、この論文は大きな衝撃を与えた。筆者もそうした論文が発表されたことはかすかに記憶しているが、日本でその後、大きな反響を呼ぶことはなかったと思う。

その少し前、精子数の減少が世界中のメディアに大きく取り上げられていた。デンマーク・コペンハーゲン大学の研究者は1938年から91年にかけて男性の精子数を調べた世界中の61の研究を分析、1992年に、1940年から90年までの50年間に、平均的な精子の総数が3億8400万から1億8200万にまで減少したと発表した。これは記事にしたおぼろげな記憶がある。ただ精子の数は個人差や地域差が大きく、条件をそろえるのが難しいため、全体的には減少傾向にはあるものの、その原因ははっきりしないという趣旨の論文だったような気がする。

精子数についての研究はその後も続き、最近ではイスラエルやアメリカなどの国際研究チームが北米、ヨーロッパとオーストラリア、ニュージーランドでは1973年から2011年にかけて精子数が50%以上低下しているという研究結果をまとめ、2017年に専門誌に発表している。

世界的な精子数の減少傾向とその原因については今も議論が続く。さまざまな食品添加物、農薬などの化学物質、喫煙、電磁波が影響しているという指摘もあるそうだ。いずれも明確な科学的裏付けはなく、まだ結論は出ていない。日本国内でも環境ホルモンと呼ばれる「内分泌かく乱物質」が原因ではないか、とメディアをにぎわせた時代もあった。だが、筆者は「それを裏付ける疫学的なデータはまだほとんど得られていません。また、西欧諸国、つまり高所得の国々で強い傾向がみられることから、肥満やストレス、様々な生活要因が関係している可能性も考えられます」と述べる。

~中略~

第6章は「『性』はどのようにして決まるのか」。ここでは性を決定する仕組みについての内外の研究が紹介される。「哺乳類の場合、雌が基本形(デフォルト=本来のプログラム)であり、雄化する仕組みが働かなければ、雌になる ことがわかっています。雄と雌の違いはY染色体上のたったひとつの雄性(精巣)決定遺伝子であるSRYの有無によって決まります」。男性優位社会と言うが、デフォルトは女性なのだ。

6章から10章では日本人の研究も詳しく紹介されている。第7章「性染色体の進化過程」の冒頭にはアメリカで活躍した世界的な進化生物学者・大野乾(すすむ)博士(2000年没)の写真も掲げられている。博士は「性染色体はもともと常染色体に由来し、一方の染色体が退化あるいは矮小化して異型の性染色体に分化したと考えました」。この仮説はその後、正しいことが証明された。

「哺乳類のX染色体は、ゲノム全体の5%くらいを占めるといわれています。この特徴は、X染色体を持つ哺乳類のほとんどの種において共通にみられ、この共通性は、このことを見つけた故・大野乾博士の名にちなんで、『Ohnoの法則』と呼ばれています。(中略)ヒト、マウス、ネコ、ウマなど多くの哺乳類でX染色体に連鎖する遺伝子を比較すると、哺乳類のX染色体は種の違いを超えて遺伝的に同じである ことがわかっています」。同じ哺乳類の共通の祖先から進化していった結果だろう。こうした研究から、哺乳類の祖先が鳥類や爬虫類の祖先と別れたのは約3億2000万年前、SRY遺伝子が出現したのは約1億7000万年前から1億3000万年前と考えられている。

~中略~

第10章「進化の大きな分かれ道」では哺乳類がいかに胎盤を獲得したかが説明される。「他の脊椎動物には見られず、哺乳類だけが持つ特徴の一つに胎盤(子宮の内壁にでき、赤ちゃんに栄養を送る器官)があります」。恐竜全盛時代、「細々と生き延びてきたネズミのような小さな哺乳類の祖先は、その生き残り戦略の一つとして、胎盤を獲得することに成功しました。彼らは胎盤を持つことによって子供を体内にかかえ、いつでも安全な場所に移動することで、(中略)恐竜の全盛時代を生き延びることができたと考えられています」。

胎盤を生み出す遺伝子の研究で、胎盤を作るのには父親から受け継いだ遺伝子の働きが重要で、母親から受け継いだ遺伝子は胎児を形成するのに重要だということがわかってきた。つまり、哺乳類には父親と母親の両方の遺伝子が不可欠で、両者の遺伝子が互いの機能を補い合ってバランスよく働くというわけだ。これはゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)という哺乳類特有の遺伝子発現調整機構という。こうした仕組みがあるため、哺乳類の場合は両性の存在が必須になる

こうしたことから、「精子の関与なしに卵子だけで発生して個体をつくりあげる、いわゆる単為発生は哺乳類では起こらない ことになります。一方、鳥類や爬虫類は、このゲノムインプリンティングの機構をもたないため、単為発生ができることになるわけです」。ゲノムインプリンティングというのもまったく聞いたことがなかった。

「こうしたDNAの塩基配列の変化をともなわない個体発生の多様な生命現象と、その遺伝子発現制御のメカニズムを探求する研究分野を『エピジェネティクス』(後成遺伝学)と呼んでいます。各種生物のゲノムの解読が進んだ2000年代以降、新たな研究分野として注目されるようになりました」。ゲノム解読が進んだことで誕生したまったく新しい研究分野のようだ。

~以下略~

(以上)

[5] [6] [7]