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君もシャーマンになれるシリーズ20~海馬:汎用化された記憶を手がかりに人は予測する

みなさん、こんにちは
「君もシャーマンになれる」シリーズも、ついに20回目を迎えました。パチパチパチ
 
前回 [1]は、シャーマン脳の鍵を握る「扁桃体」について追求してきました。
 
本日は、扁桃体とも関与が深い『海馬』について追求します。
海馬は記憶を司る器官といわれています。
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図はコチラ [2]から
 
   
記憶とシャーマン脳(予知・予測)って何が関係あるの?と思われ方、
是非つづきをクリックして下さい


1.海馬の特徴と特異性
1)海馬という記憶の審査機関
一口に記憶といっても、実は様々な種類の記憶があります。
一瞬記憶しすぐ忘れてしまうような短期記憶、どんな時でも思い出せる長期記憶、身体感覚で憶えている記憶など様々な種類の記憶を人は一つの器官ではなく、記憶の種類に応じて役割分担しながら記憶しています。
記憶を司る器官で、代表的なものが今回紹介する『海馬』です。
【記憶の種類】
    ┌─感覚記憶(1~4秒)
    |  ↓選択
記憶 ┤─短期記憶(20秒程度、ワーキングメモリー含む)
    |  ↓海馬へ転送
    └─長期記憶─┬─ 陳述記憶─┬── 意味記憶
              |          |
              |          └── エピソード記憶
              |
              └─ 手続記憶──── 技能記憶
記憶は「感覚記憶→短期記憶→長期記憶」という段階で取捨選択され、各器官で情報を記憶しますが、観念情報を長期間記憶するかどうかは、大脳辺縁系の「海馬」です。海馬はタツノオトシゴに似ていることが名前の由来であり、左右に一つづつ存在します。
その手順は、まず短期記憶が海馬に送られ、1ヶ月程度保持されます。その間に長期記憶するか否かを、「生きていく上で必要か否か」という視点で厳しく審査され、それを通過した情報のみ、側頭葉などの大脳皮質へ情報が送られ、長期間記憶が保存されることになります。
なお、恐怖など情動を伴なった記憶は通常の記憶と異なり、扁桃体に貯蔵されていると言われています。
また、自転車の乗り方やスポーツの技能など「体で覚えている記憶=手続き記憶」は、海馬や側頭葉ではなく、小脳あるいは大脳基底核で記憶していると考えられています。
 
参考:記憶のメカニズム~記憶は「感覚記憶→短期記憶→長期記憶」という段階がある [3]
2)記憶力強化は反復と睡眠がカギ
記憶力を強化するにはどうしたら良いのか?受験生の永遠のテーマですが、答えはズバリ『反復』です。
海馬という審査機関を通らない限り、長期記憶として定着しません。この審査を通るには、何度も何度も情報を海馬に送る必要があるのです。まさに、本気度を見せろ、ってことでしょうか?(^―^)
その次に重要なのは『睡眠』です。
睡眠の中の中でもレム睡眠中、いわゆる浅い眠りでの脳活動は、外界からの情報入力をシャットダウンする、いわば“オフライン“状態です。実はレム睡眠中は、起きている時よりも脳活動は実は活性化しています。外界からの情報を遮断しているため、記憶の干渉が起こりにくく、記憶が定着しやすい状態にあるのです。
また、睡眠時間を十分に取っている子どもは、睡眠時間が短い子どもに比べ、海馬の体積が大きいことが報告されています。つまり、海馬にとって、睡眠は①海馬の成長②情報整理・長期記憶の定着に役立っていることが実証されています。
 
参考:脳内でシータ波が発生すると、記憶回路が強化される [4]
    睡眠時における脳活動のメカニズムとは~なぜ人は眠るのか~ [5]
3)海馬の特殊性―容易に変化する一方で、傷つきやすい存在
■脳で唯一成長する神経細胞を持つ海馬
通常の神経系は生命の維持に必要な活動を管理する組織であるため、既定的で不変的です。環境と無関係な神経系の変化や神経系の崩壊は個体の死に直結する危機となるため、中枢神経系は可塑性や再生を認可しない堅固たる構造となっています。
脳細胞では、シナプス結合の変化による可塑性と神経細胞自体の成長や増殖による可塑性があるが、神経細胞の成長や増殖が唯一可能なのは「海馬の苔状線維」といわれています。大脳系の神経細胞を持たない(あるいは貧弱な)魚類から両生類は、外界の変化に適応するための神経系の可塑性を、神経細胞自体の成長や増殖に求め、それを海馬に託したと考えられ、ほ乳類にも引き継がれているのです。
 
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図はコチラ [6]から 
 
  
■傷つきやすく、萎縮する海馬
臨機応変に外界の変化に適応すること、すなわち、認知-学習-記憶-変成を可能とした海馬の神経細胞である苔状線維は、成長や増殖という可塑性を獲得した反面、非常に脆く、壊れやすい側面があります。
例えば、脳が酸素不足に陥ると最初に死んでいく細胞が海馬です。また、強いストレスがかかると海馬はダメージを受け萎縮し、五感からの情報を分類・整理する働きが低下します。老化によるアルツハイマー型認知症の人や、戦争などの過酷な体験によるストレスや鬱でも海馬が萎縮することが分かっており、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は海馬に異常が現れる病気といわれています。
記憶を司る海馬が一端壊れると、昔のことは覚えていられても、新しいことはすぐに忘れてしまい、覚えられなくなってしまいます。
この海馬の特徴から海馬の存在理由が見えてきますが、これは後段で言及します。
2.海馬と扁桃体の連関性
海馬は、魚類段階においてその原型に該当する部位が存在することが実験結果から分かっています。ちょうどその頃、扁桃体の原型も形成されつつあったので両者は、古くから(少なくても陸上動物段階から)密接に関わっていたと推測できます。
ちなみに、海馬は言葉で表現できるような陳述記憶に関与していると考えられていますが、進化過程から類推するに本能レベルの記憶も司っていると推測できます(この点は、まだ研究も十分ではないため、もう少し脳科学の研究成果を待ってみましょう)。
私たちの実体験でも、非常に嬉しかった出来事や非常にショッキングな出来事は生々しく記憶していることからも、情動が記憶回路に大きな影響を及ぼすことは間違いないと考えられますが、神経回路上の繋がりについては長らく詳細は不明でした。
しかし、1998年の薬理学実験(Cahill L, et al.: Trends Neurosci 1998 ; 21 : 294-9.)により、扁桃体にある外側基底核を人為的に刺激を与えると、海馬の歯状回における活動の痕跡を示す遺伝子の発現が観察されました。さらに、外側基底核から歯状回への神経伝達回路は比較的長い経路ですが、間にシナプスを介さず、単一シナプスによるネットワークであることがわかり、両者の繋がりは確かなものになりました。
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参考:情動による記憶強化のしくみ(お茶ノ水女子大学 枝川義邦)
 
3.記憶と予測―あいまいな記憶だから適応し続けられる
これまでの分析でだいぶ海馬の特徴が見えてきました 改めて、海馬とは一体何でしょうか?
それを考える上で、記憶の役割について考えてみます。
「サヴァン症候群」などの特殊性を持たない限り、ほとんどの人は一度記憶したことも時間が経てば忘れてしまいます。
記憶という機能は、忘却と表裏一体の関係といえますが、もし生物が記憶機能しか持っていなければ、脳は直ちに容量オーバーです。
また、記憶した情報も、集めた生情報をそっくりそのまま記憶しているわけではありません。
人の脳は、複数の情報の中に何らかの共通性を見出し、それを「手がかり」として記憶するという、いわば情報の汎用化(構造化)を無意識に行っているのです。(専門的には脳の汎化と呼びます。詳しくはこち [7]らを参照)
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つまり、別の状況に直面した時に、直ぐに過去の情報から共通事項を引き出せるように生情報を加工したものが「記憶」です(ありのままの情報をそのまま記憶するということは、一見すると凄い能力ですが、逆に言えば取り入れた情報を固定化させてしまい、融通が利きません)。
記憶力がないと嘆いている人にはなんとも朗報?ですね。
***
高等動物の脳は、この汎用化した記憶を新しい状況に直面した時に活用し、環境に適応しています。
ということは、記憶がなければ予測などできるわけがない、ということです。つまり、予測思考は、記憶があってこそ初めて成立するのです。
そして、「直感的に予測する」とは、ある状況に直面した際に、扁桃体が過去の経験から快or不快の感情を(無意識に)判定し、その感情に付随する記憶を手がかりに可能性を絞り込んでいく思考回路である、と考えられます。
 
 
予測思考の輪郭がおぼろげながら見えてきました!
次回も予測思考の追求を深めたいと思います。
お楽しみに

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