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サル社会の構造⑪~手探り回路による同一視回路の形成~

前回、前々回とオスとメス、ボスと弱オスそれぞれがどうやって集団化したのかについて話をしてきました。
「オスとメス」「ボスと弱オス」状況も不全も欠乏も、全く違う個体がどうやって同一視回路を形成し、集団化したのでしょうか?

過密化した樹上で、終わりのない同類闘争を強いられた原猿は、周囲のサルとの状況の同一視(互いに戦意がないこと)によって、安堵感を得ることができました。
しかし、この感覚は、恒常的な類闘争が生み出す、苦痛と厭戦感と同様、本能に存在しない感覚であり、自身も捉えようがない初めての感覚。
原猿は、この置かれた状況の同一視によって得られた安堵感を求めて、相手を更に注視(探索)するようになりました。

哺乳類が持つ探索回路は欠乏(捕食、危機逃避等)が明確なものであり、本能回路上のどこかに答え(行動方針)があるもの。答えのある範囲内での探索。
しかし、原猿が迫られたのは、欠乏も未明、もちろん答えも未明という中での未知の探索!
この状況で、内識(自らの不可解な欠乏)と外識(不可解な状況)とを、行きつ戻りつを繰り返す中で形成されたこの探索回路は、哺乳類の探索回路と次元の違う「手探り回路」とでも呼ぶべきものです。
「もしや?と、やはり違う!」「もしや?と、やはりそうだ!」という「仮説」と「追求」を繰り返す中で、手探り回路は徐々に張り巡らされ、次第に自分の欠乏(心底)と相手の欠乏(心底)の像が重なっていったのだと考えられます。(=欠乏の同一視)

同一視回路は、元々縄張りを持たない弱ザル同士で形成された機能です。つまり状況や不全(欠乏)が同じ弱ザル同士だから同一視が可能でした。
しかし、「縄張りを獲得しているオス(ボス)と縄張りを持てないメス」はもちろん、「縄張りを獲得しているオス(ボス)と縄張りを持てないオス(弱オス)」も、互いに状況や不全、欠乏は違います。
この同一視回路は、弱オスの一部がボスとなり、その子どもたち(オスメス)にも受け継がれるのですが、状況や不全の異なるオスとメス、ボスと弱オスでは同一視回路は作動しません。

ですが、この「手探り回路」を手に入れ、仮説と追求を繰り返し、探索していく中で、「オスとメス」「ボスと弱オス」の状況も不全も違う個体同士が部分的にでも同一視できる地平を見つけたのです。
変化し続ける外圧状況の中で、全く一緒の状況になることはない。この部分的な同一視が出来るようになったのは、原猿時代に形成された「手探り回路」があるからなのです。

「手探り回路」で、同一視できる地平まで探索を続けたからこそ、全く状況の異なる個体同士が同一視できるようになったのですね!

今回は以上です。

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