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多彩な生命現象を司るRNAの機能~RNA編集

■新しいRNA像
「DNA上の遺伝子の青写真一設計図はRNAへと忠実に写し取られ、最終的にタンパク質へと変換される」とする遺伝情報の流れの中心的教義=セントラルドグマは、生命現象の基本的原理として、1960年代に提唱された。ここでは、DNAの部分的な塩基配列(遺伝子)が明らかであれば、その情報によって、最終的にそのDNA塩基配列がコード(暗号で指定)するタンパク質のアミノ酸配列も一通りに決まると考えられていた。

ここでは、RNAはDNAの情報を正確に写し取ったものであり、基本的にDNA情報の部分的コピーとして捉えられ、RNA を対象とした研究よりも、DNAを対象にした研究が世界中で精力的に行われてきた。

 

RNA編集_図1 [1]

実線の矢印が複製・転写・翻訳に対応、破線の矢印は特別な場合の情報伝達を示す。

(画像はこちら [2]からお借りしました)

ところが、1980年以降の研究により、RNAの生命現象における役割は、単なるDNAのコピーといった補助的なものではないことが明らかになってきた。遺伝情報を転写されたRNAは、編集加工されて、初めて細胞の中で役に立つ状態になる。RNAが編集加工されことで、DNA上の遺伝情報だけに収まらない多種多様なタンパク質がつくられることが分かってきた。

例えば、ヒトとチンパンジーの遺伝子は、約99%が同じで、その違いはわずか1.23%のみ。もしRNAが、遺伝情報をただコピーするだけなら、両者は99%同じ存在となるはずだが、実際は大きく異なる。それは、RNAの編集加工や制御の方法が違うからだと考えらる。

もっとも多彩な編集加工を受けるRNAに転移RNA(tRNA)がある。tRNAは、タンパク質合成装置リボソームにアミノ酸を供給し、同時に伝令RNA(mRNA)に写し取られた遺伝情報を読み取る装置でもある。tRNAでは、編集加工の一つとして、メチル化やアセチル化などさまざまなタイプの修飾を受ける。tRNA修飾は、生物ごとに大きく異なり、生命の多様性や進化、環境適応を考える上でも重要になっている。

■RNA翻訳とは
新たに分かってきたRNAの多様な機能の一つに「RNA翻訳」がある。RNA編集とは、転写後の遺伝子発現調節機構の一つでだが、他のRNAレベルでの編集加工と大きく異なる点は、DNAに記録された遺伝情報を「編集」、すなわち異なる遺伝情報に書き換えるところにある。

古典的なセントラルドグマではRNAはDNAの単純なコピーなので、DNAの配列が明らかであればRNAの配列も一通りに決まると考えらていた。ところが、RNAの配列がその鋳型となるDNAのそれとは異なり、基となるDNA上の遺伝情報が変えられてしまう奇妙な現象が1980年後半から発見されてきた。

DNAからRNAへ転写されたあと、RNA中の特定の箇所の塩基が異なる塩基に置換、修飾、欠失、挿入、することで、DNAに記された遺伝情報と異なる蛋白質になったり、RNA編集によって遺伝子の発現レベルを変化する現象が見つかった。これは、それ以前に発見された「RNAスプライシング(DNAから写しとった遺伝情報のなかから,不要な部分を取り除く機能)」とは全く性格が異なるもので、「RNA編集(RNAエディティング)」 と呼ばれている。

■RNA翻訳の種類
陸上植物や哺乳類で見られる「塩基変換型」と、トリパノソーマ(原生生物)で見られる「塩基挿入欠失型」の2パターンが見つかっている。

○塩基挿入欠失型のRNA編集
挿入・欠失型のRNA編集は原生動物のトリパノソーマで発見された最初のRNA編集。このRNA編集では、編集前のRNA前駆体の段階て塩基の挿入または欠失を行なわれる。塩基挿入により、フレームシフトが生じ、DNAにコードされる遺伝子と異なるタンパク質が生成される。

○塩基変換型のRNA編集
・C-to-U置換
シチジン(C)とウリジン(U)の双方向の変換が起こる。
陸上植物のオルガネラ遺伝子によく見られる現象。

・A-to-I置換
アデノシン(A)からイノシン(I)への変換が起こる。
線虫からほ乳類まで幅広く保存されている現象。

st_1_01 [3]高等植物以外では、DNAの配列TGGは、そのままアミノ酸のトリプトファンに翻訳される。コムギ・トウモロコシなどの高等植物では、同じ配列部分がアルギニンを示すCGGに変わっている。この変異はそのままでは有害だが、メッセンジャーRNAの段階で修正され、結局トリプトファンができる

(画像はこちら [4]からお借りしました)

 

■RNA編集の役割
現在考えられるRNA編集の役割には以下のものがある。

○タンパク質の機能に必要なアミノ酸配列の回復
DNAのどこかに有害突然変異が起こった場合、変異DNAが指定する通りの遺伝情報も基づき生成されるタンパク質は正常に機能しない。そこでRNAの修正機構によって正しい遺伝情報に修正される。

○ランダムにRNA編集を起こすことにより進化速度の向上
DNA変異の有無によることなく、RNA編集により多様なタンパク質を作り出すことが出来る。DNA自体の変異に比べ、短時間で環境変化への適応が可能になる可能性がある。
ただし、最近、このRNA編集の異常によってがん細胞における抗がん剤抵抗性や転移能が亢進されることが示唆されている。有利にも不利にも働きくランダムなRNA編集は、諸刃の剣ともいえる。

○1つの遺伝子から複数のタンパク質を合成する
生物の複雑さはタンパク質の種類の多さに依存する、ある1つの生物種が持つ遺伝子の数は限られていため、より高度な生命活動を営むために、機能の異なる複数のタンパク質を1つの遺伝子から生み出す。

■RNA編集の起源と進化
RNA編集は、生命の起源の初期のころに存在したといわれるRNAワールドの名残りだという説もあったが、現在では進化の過程で異なる種において独立に現れてきたと考えられている。

塩基変換型のRNA編集を触媒する酵素は、塩基そのものを生成する代謝経路で働く酵素とよく似ている。原核生物にも該当する酵素があるが、これはRNA上の塩基置換に働くことは出来ない。そのため、真核生物の進化の過程で、RNA編集酵素として働くように新しい機能を獲得したと考えられる。

また、陸上植物では、コムギのような高等植物で見つかる修正機構が、それよりも下等なコケのミトコンドリアではまったく見つからない。この場合は、高等植物になってからRNA編集の機構を獲得したのだと思われる。水中植物のオルガネラにもRNA編集が発見されていない。大気に酸素が少なく、オゾン層もほとんどない状態で、地上には紫外線が降り注いでいたとい環境外圧を考えると、オルガネラのRNA編集は、4億年前に植物が上陸する際に、紫外線によってオルガネラDNAが傷つくのを防ぐために手に入れたしくみと考えることができる。

■まとめ
タンパク質を正しく機能させるための「情報」は、DNAではなくRNAが記憶しているのかも知れない。RNAは、DNAに記録された「記号」を活用し、そこから必要な「情報」を読み取り・編集加工し、自らも触媒としてタンパク質の生成にも関わる。RNAは生命現象の中心的役割を担う分子だといえる。

セントラルドグマが提唱されて、すでに50年以上。当初は補助的な中間生成物とし考えられていたRNAが、実は生命現象を司る多様な機能を持つ分子であることが分かり、生命現象や生命起源を追求する上の主役として考えられるようになった。RNAについては、まだ未解明な領域も多く、今後も新たな現象が発見される可能も大きい。今後の研究の発展が期待される。

 

 

参考
・RNAの世界(富田耕造著)
・RNA研究の基礎(リンク [5]
・4億年もRNAを書き換え続けてきた意味(リンク [6]
・RNAエディティングの進化(リンク [4]
・Wikipedia RNAエディティング(リンク [7]
ほか

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