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日本の建材資源と森林文化の持続可能性 ~民族植物学の観点から~

人類は、滅亡の危機意識を本能的に感じ、生き残りをかけ、自然の摂理に則った「日本文明(木の文明)→地域循環共生社会」に向かい始めたのではないかリンク [1]

木材資源の活用について各機関により研究が進められています。

今回は、植物と人間社会の文化の相互関係に着目する「民族植物学」の観点から、木材資源の枯渇のしやすさ(建材資源の利用可能性の脆弱度)についての解明 を進めている事例を紹介します。

琉球大学のプレスリリース [2] (2020年07月03日) 最新の研究成果より。

民族植物学の情報を活用して生物多様性の恩恵を評価:日本の建材資源と森林文化の持続可能性

<発表概要>

背景と研究の視点

生物多様性を保全することの意義を、一般の人たちに理解してもらいたいとき、生物多様性の経済的な価値、つまり、自然資本としての価値を根拠にすることがあります。「様々な生物は資源を供給してくれるから、生物多様性を保全することは人間社会の持続可能性にも貢献する」という説明です(図1)。社会経済的な観点から、科学的データに基づいて「生物多様性の価値」を評価することは、生物多様性保全の重要性を適切に認知してもらうために、とても重要です。このような観点から、本研究チームは、日本の森林の多様性がもたらす恩恵(=生態系サービス)を定量することを着想しました。

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図1 自然資本としての生物多様性の価値

日本は国土の約70%を森林が占める森の国で、北から南にかけての気候の違い、地形の複雑さに対応して、様々な樹木が生育し、北方の針葉樹林や温帯落葉樹林から亜熱帯の常緑樹林まで、多様な植生が分布しています(図2)。そして、“適材適所”という言葉に表されるように、様々な森林で、それぞれの樹木種に見合った用途を発達させ、地域固有の森林文化を育んできました。一方で、森林伐採による木材資源の過度の利用は、森林生態系の劣化を引き起こす脅威になっています。したがって、生物多様性条約やSDGs(持続可能な開発目標)達成の観点からも、生物多様性の保全利用を適切に計画することが、国際的にも急務の課題です。

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図2 わが国に見られる様々なタイプの森林(撮影:久保田研究室)

そこで本研究では、植物と人間社会の文化の相互関係に着目する「民族植物学」の観点から、[裕樹3] 植物の用途情報をデータ化して、日本における有用植物の分布、特に建築材として利用される木材資源の分布に焦点を当てて、生態学的な分析を行いました。すなわち、民族植物学と生態学を統合した学際的研究によって有用樹木の資源的価値を定量し、木材資源の枯渇のしやすさ(建材資源の利用可能性の脆弱度)を解明しようとしました。

内容

日本の森林資源の利用様式を地域ごとに評価するために、民族植物学的な情報、葉と材に関する機能特性情報(植物種の形態的、化学的な性質を表す情報)、植物の地理分布情報を整備しました。民族植物学的情報は、人間が自然界で利用できる植物種についての知識の集大成です。本研究では、日本に分布している樹木1012種の用途(建材、木工品、薬用、食用など)を文献調査し、データベースとして整備しました。

植物の葉や材の機能特性には、その植物の生存戦略や環境耐性が反映されており、生態学的にとても重要な情報です。同時に、それらは人間の資源利用にも関係しています。例えば、樹木の木材の固さや、樹木の大きさ(樹高)は、建材としての有用度合いを左右します。また、葉の窒素濃度や葉の薄さは、樹木の生長速度に関係しているので、建材資源を持続的に供給するための再生産速度の指標になります。

そして、樹木種ごとの機能特性値と民族植物学情報(=どの種が人間にとって利用可能か)を組み合わせることで、図3のように、有用樹木種の機能特性値の広がり(領域)の面積、領域の重心、領域内での種の分布(有用種の充足度合い)を把握できます。

~中略~

図4は、有用樹木種の機能的多様性を、10㎞x10㎞グリッドの解像度で地図化した結果です。建材として利用される樹木種の機能的多様性の全国分布を表しており、 “人間が利用する木材資源のニッチ”が地域によって大きく異なる、ということが分かります。

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図4:木材有用種の機能的多様性(材密度と最大樹高の豊富さ)の地図。

近畿・東海地方などの本州中央部の森林は、木材有用種の機能的多様性が豊かなことがわかる。

~中略~

有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の劣化の進み方には、地理的な勾配、つまり高緯度と低緯度の地域で違いがあることが分かりました(図5)。どの地域でも、種の損失に伴って、葉の窒素濃度や比葉面積の平均値は増加するという、共通した傾向も見られました。これは、成長速度の速い種の相対優占度が高くなり、建材資源の再生産性の高い森林へ推移していることを示しています。

また、北方の高緯度地域では、種損失が軽微でも、建材の機能的な豊富さや多様化度の劣化が顕著でした。これは、高緯度地域の建材種は、いったん伐採されてしまうと、その代わりになる樹木種が少ないことを示しています。このことは、北方の森林は、有用樹木種を伐採してしまうと森林の資源価値が急速に劣化することを意味し、供給可能な建材の質と森林資源の利用の間に、強いトレードオフ関係があることが示唆されます。

一方、南方の低緯度地域では、種損失割合が小さい時には、有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の変化は相対的に小さくなっています。南方の森林では樹木の建材としての質が種間でお互いに類似していて、代用できる樹木種が比較的豊富なため、伐採によって種が消失しても機能的多様性の劣化が顕在化しにくいことを示しています。これは、生態学的には「生物多様性の保険効果」と呼ばれています。

しかし、種の損失する割合がとても高くなると、有用樹木種の機能的な豊富さはやがて劣化します。さらに、種損失に伴い、機能特性の多様化度(建材の質としての種間の違い)が増加しています。これは、伐採によって種が損失するにつれて、建材に代用できる樹木種が枯渇して、見かけ上、種間の機能特性値の違いが強調されたからです(色々な建材が利用できるようになった、という意味ではありません)。

これらのことは、種の豊富な南方の森林においても、生物多様性の保険効果が徐々に及ばなくなることを示唆しています。このような、森林伐採に関係した有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の脆弱性の地理的な傾向は、気候要因でも説明されました。
以上の結果から、気候に関係した樹木種多様性の分布に関係して、日本の建材資源の持続的な利用可能性は地域によって異なること、つまり、北方の針葉樹林や温帯落葉樹林では建材資源が枯渇しやすく、資源利用の脆弱度が高いこと、南方の森林においても、生物多様性の保険効果には限界があり、過度の森林伐採が建材資源の脆弱度を高める可能性があること、が明らかになりました。

歴史的に見た場合、日本の都(首都)は近畿や関東に位置し、膨大な木材資源を利用して社寺・仏閣・城郭・住宅などを造営してきました(図6)。この背景には、首都周辺から辺境地域にかけて様々な森林で、豊富で多様な建材資源を調達できたことがあります。本研究の分析から、多様な建材を確保する上で、建材資源が枯渇しやすい地域(建材樹木種の機能的多様性の脆弱度)を地図上に可視化できました。これにより、それぞれの森林の脆弱性に基づいて建材資源を賢く利用する方法を考えることができます。日本において将来的に、建材資源を持続的に利用する場合、木材資源の脆弱度地図を元にして、地域ごとの森林管理計画を検討できるでしょう。

~以下略~

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