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「ウイルスと共に生きる」~単なる病原体でないウイルスの本質と可能性~

人間と共生する生き物? 可能性未知数のウイルスの正体 http://www.seibutsushi.net/blog/2020/02/5351.html
で見たように、ヒトゲノム(人間の遺伝情報)の45%が「ウイルス」や「ウイルスのようなもの」で構成されている といいます。

ウイルス感染が頻りに報道されている今こそ、単なる病原体でないウイルスの本質と可能性を追求する ことが必要ではないでしょうか

予防衛生協> 生命科学の雑記帳> 12.「ウイルスと共に生きる」 [1]  より。

「 ウイルスと共に生きる」

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(19)ウイルスは生物か無生物か といった議論が古くからおこなわれてきました。この議論が始まる大きなきっかけになったのは、1935年、スタンレーがタバコモザイクウイルス蛋白の結晶化に成功し、これが感染性を持っていたことから、ウイルスは自己増殖する蛋白であるという説を提唱したことでした。しかし、彼は結晶化したサンプルにウイルスRNAが含まれていたことには気がつきませんでした。

ウイルスが生物か無生物かといった議論は、生物の定義はなにかという問題につながります。新しい科学知見が蓄積してきている現在、生物の定義の議論は容易ではないと思います。私は、この表にまとめたように、ウイルスは細胞を持たない生命体という視点 でとらえるのが、ウイルスの存在意義を知る上で重要と考えています。

(20)これまでの話は動物ウイルスを主体にしたものでしたが、ウイルスに関する大きなブラックボックスは海に存在するウイルスです。海洋生物には陸地を上回る膨大な量のウイルスが存在していることが1980年代終わり頃から指摘されるようになりました。メキシコ湾では、藍藻の群落の上の海水には、1 mlあたり10億個ものウイルスが含まれていることが報告されています。藍藻 は細菌の一種なので、これは細菌ウイルスと考えられます。海には植物プランクトンも多く存在していて、これには植物ウイルスが寄生しています。

最近、世界の海に含まれるウイルスについて興味ある試算が発表されました。それによると、 1 mlの海水中のウイルス量を深海では100万個、沿岸では1億個と仮定した場合、海のウイルスの総量は、ウイルスに含まれる炭素の量では2億トンとなり、これはシロナガスクジラ7500万頭に相当します。ウイルスの長さを100 nmと仮定すると海のウイルスを全部つなげた場合、銀河系に到達する1000万光年にもなるという結果です。

我々は陸地だけでなく海水も含めて、膨大な数のウイルスに囲まれて生きている ということになります。ウイルスの生態、ウイルスの存在意義について、病気の面だけでなく、ウイルスを単なる物質ではなく生命体という視点からもっと理解を深めることが必要ではないでしょうか。

(21)最後に生命体としてのウイルスの役割を考えてみたいと思います。 ウイルスの起源については、いろいろな議論がありますが、そのひとつに、ウイルスは地球上に現れた最初の生命体という見解 があります。46億年前に地球が誕生し、最初に生命の情報を持ったRNAが出現しました。この時代はRNAワールドと呼ばれていますが、これが5億年くらい続いたのちにDNAが出現しました。遺伝情報としてRNAを持つものはウイルスだけです。そこで、ウイルスはRNAワールドの遺物であって、それからDNAが生まれ、さらに原核生物である細菌、ついで真核生物の植物、動物が生まれた という見解です。これが正しければ、すべての生物の最初の祖先はウイルスということになります。もちろん、この見解には反論もあります。

次に、ウイルスは進化の原動力になってきた という見解です。ウイルスは遺伝子をほかの生物に運ぶ能力を持っています。遺伝子治療はその性質を利用したものです。進化の過程を見ると、単なる変異では説明できない大きな変化が時折、起きています。これはウイルスが新しい遺伝子を運び込んだことによる と考えるのが妥当です。人の妊娠維持に役立っている側面は、先ほどお話しした内在性レトロウイルスで見いだされています。

さらに大きな視点では、ウイルスは地球環境での生態系の調節にかかわっている という側面が指摘されはじめています。そのひとつに、海水中で植物プランクトンが植物ウイルスにより溶解されることが温室効果ガスの放出の引き金になっている可能性があげられています。海は有機性炭酸ガスの最大の貯蔵庫になっていますが、このガスの蓄積の原因のひとつとして、植物ウイルスによる植物プランクトンの溶解が考えられています。広島湾では赤潮が収まる時にウイルス粒子の数が増加することが見いだされており、植物ウイルスが赤潮の植物プランクトンを溶解しているものと推測されています。

私たちは ウイルスと共に生きている ということを改めて認識する必要があると思います。

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(以上)

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