- 生物史から、自然の摂理を読み解く - http://www.seibutsushi.net/blog -

発生期の脳に地球と同じ「ちから・流れ」の原理を発見!

大脳の発生過程においては、扇状地や三角州など、川の流れが「土地の広がり」をもたらす仕組みにそっくりな「細胞集団の横流れ」が生じている。
そこには、地球と同じ力の「流れ」の原理が見られるという研究結果を紹介します。

名古屋大額プレスリリース [1]https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Cel_Rep_20191106.pdf より以下引用。

発生期の脳に地球と同じ「ちから・流れ」の原理を発見

名古屋大学大学院医学系研究科細胞生物学の宮田卓樹教授、齋藤加奈子特任助教らの研究グループは、マウスの大脳が「正しい広さ」をもって形成される仕組みを研究するために、胎生期の細胞の様子を観察しました。その結果、扇状地や三角州など、川の流れが「土地の広がり」をもたらす仕組みにそっくりな「細胞集団の横流れ」を発見しました。この「横流れ」は、それ自身が「大脳の敷地広げ」に直接貢献するだけではなく、もう一つ間接的な役割をもつことも分かりました。

「細胞横流れ」は、まるで「風が立ち木を曲げる」ように、ケーブルカーのケーブルに似た「大脳細胞の移動をガイドするファイバー達」をぐにゃりと曲げます。この作用によって、ガイドファイバー達が「末広がり」になります。すると、大脳の細胞たちは、ふるさと(出発地)から目的地に近づくにつれて「広々と配置」されることになります。これも「最初の横流れ」のおかげです。こうして確保される「大脳皮質※1の広がり」は生後の機能、すなわち、運動、知覚など異なる多くの機能を「広い面積を使って果たす」ということに役立っています。

ポイント

大脳を広くつくる作業(大脳を広げながら作るという発生現象)には、地球上で観測される物理現象(川の流れで土砂が運ばれ土地が広がる、風が立ち木を曲げる等「ちから・流れ」の働き)に似た原理が深く関わっていることが、初めて明らかになりました。

20191106182546 [2] 背景

大脳皮質は、運動、皮膚感覚、視覚、聴覚、言語など、さまざまな異なる機能を、「広々と形成されたニューロン層」を使って制御しています。これは、「広大な敷地に、いろいろなジャンルの店が集うショッピングモール」に例えることができます。広い敷地が確保されているからこそ、「多くの異なる機能を一つの所でこなすことができる」わけです。

では、その「広さ」が、一体どのように確保されるのかという疑問に対しては、これまで「たくさんの細胞が作られれば、体積の増加分、所定の観察箇所における広がりが検出されるのは当たり前」であるとか、「パン生地を焼くと空気の加わった分、膨らむのと同様」といった想像があるだけで、具体的に調べられたことはありませんでした。

本研究チームは、地球の大陸が移動したり、大地が海に向けて広がる様子などにヒントを得ました。すなわち、地球上で大きなスケールで観測され、大気や地中プレート等さまざまな事象において認められるような「流れ」のようなものが、発生期の脳の中にもあり、それが「ちから」を(風や雪が木々を曲げたりするときのように、あるいはプレートが地中で歪みを生じさせたりするときのように)発揮して、大脳が広がるという現象を下支えするのではないか、との仮説を立てました。 20191106182703 [3] 研究成果

(1)「流れ」の発見

本研究は、まず、胎生早期の大脳皮質原基※2に「ニューロンの横流れ」があることを見出しました。このニューロンは、大脳皮質で最初に生まれるため、これまで解析が難しく、謎に包まれていまいしたが、本研究は「胎生早期の子宮内エレクトロポレーション法※3」という技術を用いて、この早生まれニューロンへうまく蛍光の標識を施すことに成功しました。その後の追跡観察を経て、背側から腹側に向けて早生まれニューロンが「流れる」ことをつきとめました。 大脳皮質原基の最初の(胎生期固有の一過的な)層の存在自体は古くから知られていて、「プレプレート」という名前がつけられていました。これまでは「動かない構造」として知られていた「プレプレート」が流れることを本研究が世界で初めて示し、「プレプレート流」という新しい概念をもたらしました。

(2)「流れ」の仕組み

早生まれニューロンの一員のプレプレート細胞※4の「流れ」方にいくつか異なるパターンがあることも分かりました。プレプレート細胞が積極的に這うように進む時もあれば、近くのプレプレート細胞の動きに「便乗」するように受動的に進むときもありました。また、這い進むだけでなく、長く伸ばした軸索※5に働く張力がこの「流れ」に貢献している可能性も示唆されました。

(3)「流れ」の意義

次いで、この「胎生早期のプレプレート流」の意義を明らかにすべく、「プレプレート流を奪って大脳皮質形成がどうなるのかを調べる」実験を、プレプレート細胞だけを死滅される仕掛けを通じて、行いました。すると、胎生中期から生後にかけて、いくつかの異常が生じました。 まず、胎生中期には「放射状ファイバー※6」と呼ばれる構造が、本来の「末広がり」なパターンをとることができなくなり(図中右下①)、「皮質板※7(ひしつばん)」と呼ばれる層(プレプレートニューロンよりも後で生まれるニューロンたちが、放射状ファイバーに沿って移動してたどりつく目的地)が、本来のように腹側へ伸びる・広がるということができなくなりました(図中右下②)。さらに、「胎生早期のプレプレート流」を奪ったマウスの生後時点での観察では、大脳皮質の「領野※8」形成(運動や知覚など、機能的な個性化成立)のパターンが、本来の場所よりも「背側にずれる・縮む」という結果になりました(図中右上③)。 これらの実験結果から、「背側→腹側」という本来の「プレプレート流」が胎生早期に起きることが、後々の大脳発生過程、ひいては生後における「広々とした大脳皮質」を使っての機能の発揮にとっての「準備・手配」として極めて重要であると判明しました。

今後の展開

脳の形成過程における力学的な現象・要因の意義については、まだ理解がほとんどできていません。地球科学や気象では、エルニーニョ現象や、黒潮蛇行など、「流れ」にまつわる現象が様々な問題を引き起すことが知られています。細胞が密集した状況における「流れ」やそこでの「ちから」が正常な形態形成現象、あるいは、異常な病態に関わるのかについて、一層の研究が望まれます。

用語説明

※1大脳皮質

大脳の表面にある、神経細胞(ニューロン)が存在する灰白質の薄い層。

※2大脳皮質原基

形態や機能が出来上がっていない発生段階(胎生期)の大脳皮質。

※3子宮内エレクトロポレーション法

子宮の中で発生中の脳原基などへ効率的に遺伝子を導入することができる手法。細いガラス針でDNAを注入し、短時間通電することで、細胞に瞬間的に穴をあけ、かつ遺伝子を細胞の側へ引き寄せることで、細胞内に遺伝子を入れることができる。

※4プレプレート細胞

大脳皮質原基において最も早期(マウスでは胎生10日ころ)に産生されるニューロン(神経細胞)。プレプレートと称される胎生期に限り存在する一過性の層(発生中期以降は、プレプレートは2つの層に分割される)を構成する。

※5軸索

ニューロンから伸びる長いファイバー様の構造。次のニューロンなどに興奮を伝える。

※6放射状ファイバー

神経幹細胞は、脳原基の壁の内面(脳室面)から外面(脳膜面)までをつなぐ細長い形をしている(別名「放射状グリア」)。そのような「細長い幹細胞」の形態のうち、脳膜側の半分程度がとくに「放射状ファイバー」と呼ばれる。この「ファイバー」部分に沿って、胎生中期以降に生まれた(プレプレート細胞にとっては「後輩」にあたる)ニューロンが、「放射状に移動」する。

※7皮質板

胎生中期以降に生まれた(プレプレート細胞にとっては「後輩」にあたる)ニューロンが「放射状ファイバー」に沿って(にガイドされつつ)移動し、到着地点で形成する層。プレプレートの存在をもとにして、それを「2つに分割」しながら生じるのが、この皮質板である。 ※8領野 運動野、体性感覚野、聴覚野、視覚野、言語野等、さまざまな機能に特化した皮質小区域。ニューロンの個性(遺伝子発現パターンなどで把握できる)も、異なる領野ごとに変わってくる。本研究の領野形成パターンの評価・判定(胎生早期にプレプレート流をなくす実験をした際、領野形成がずれた・縮んだ)は、そうした遺伝子発現の検出に基づいて行った。

 

(以上)

[4] [5] [6]