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記憶と一番結びついている嗅覚~匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズム

記憶と一番結びついている嗅覚を調べました。

五感のなかで嗅覚だけが、感情と記憶に関係する大脳辺縁系に直結しているため,嗅覚よって思い出される記憶は、他の感覚刺激によって思い出される記憶よりもより鮮明でより感情的であると考えられています。原始的哺乳類は夜行性であったこと、食べ物が安全かを確かめるのにまず臭いで判断するほうが食べてみるよりも安全であることから、視覚や味覚より先に嗅覚が発達したと考えられています。

記憶は、優先順位の低い五感による情報のほうが残る

五感の活用しやすさという意味では、「触覚」が一番上位となるわけですが、面白いことに、優先順位が低い感覚を通じて得た情報のほうが、記憶に残りやすいという特性があるんですね。「味覚」を通じて情報を得たときの記憶のほうが残りやすいということなのです。味そのものをしっかりと覚えているというよりも、過去に何か美味しいもの(逆に不味いもの)を食べたときの状況・情景(思い出)が明瞭に記憶として残りやすいということなんですね。逆に言うと、”触覚”を通じて得た情報って、ほとんど記憶には残っていなかったりするものなんです。(記憶に情報が残りにくい)五感の中で、「味覚」と「臭覚」に関しては、具体的に、現時点でその時の味や香りなどをインプットすることなくても、案外、過去時点での味や香りも記憶と共に思い出すことができたりするものなんですね。「視覚」「聴覚」に関しては、これらの感覚に優れた自然民族さんを除くと、実際に、過去と同じ風景を見たとき(視覚)や音楽などを聞いたとき(聴覚)に、過去の記憶が蘇るといった形となるもの。記憶を引き出すための引き金(要因)が必要となるのです。

上記は http://shizen0.com/article/178297376.html [1]より転載しました。

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匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムを解明(http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160617_1/)より

-ハエの神経活動から匂い嗜好を解読する数理モデルを作成-

この発表資料を分かりやすく解説した「60秒でわかるプレスリリース [2]」もぜひご覧ください。

要旨

食べ物の匂いを快いと感じる一方、腐敗物や捕食者の匂いを不快と認識することは、動物の生存にとって大変重要です。しかし、匂いの好き嫌いが脳のどのような情報処理によって決定されるかは、解明されていませんでした。その理由の1つとして、匂いに反応する多数の神経細胞の活動の記録が技術的に難しいことが挙げられます。

そこで研究チームは、ほ乳類よりもはるかに少数の神経細胞で、ほ乳類と類似した機能を発揮するショウジョウバエ成虫(以下、ハエと省略)の嗅覚回路に着目し、神経活動から匂いの嗜好を解読することを目指しました。まず、匂いの好き嫌いを評価するために、ハエの行動に応じて匂いや景色が変化する“仮想空間”を構築し、その中でハエが匂いに対して近寄るのか逃げるのかを観察しました。また、嗅覚情報を処理する触角葉[1] [3]という脳の領域が、匂いに対してどのように応答するかを調べました。触角葉は約50個の糸球体[2] [4]という球状構造で構成されていますが、レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージング[3] [5]で、ほぼ全ての糸球体からそれぞれの活動を同時に記録することに成功しました。

研究チームはこれらのデータを組み合わせ、糸球体群の活動からハエの匂いの嗜好を解読する数理モデルを作成しました。その結果、各糸球体は固有の割合で誘引(留まる行動)もしくは忌避(逃げる行動)に貢献し、それらの活動の総和でハエの行動が説明できました。これは、「匂いの嗜好は特定少数の糸球体の活動によって決定される」という従来の仮説を覆す結果です。この数理モデルは、新しく与えられた匂いに対する行動を予測する能力も持つことが分かりました。さらに、研究チームは、匂いに対する相対的な嗜好は周りに存在する匂いによって変化し、ときには反転し得ることを数理モデルによって予測し、その現象を実証しました。

嗅覚回路の機能やその基本的な配線図は、ハエからヒトまで共通であることから、本成果は、匂いの好き嫌いを決める普遍的な脳内メカニズムの理解につながると期待できます。

背景

良い匂いと不快な匂いを嗅ぎ分けることは、動物の生存にとって大変重要です。例えば、食べ物の匂いを快いと思うことで、エネルギー源にたどり着くことができます。一方、腐敗物や捕食者の匂いに嫌悪感を覚えることで、危険を回避できます。しかし、匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムは解明されていませんでした。

その理由の1つとして、匂いは一般に複数の神経細胞を活性化させることが挙げられます。すなわち、匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムを理解するには、匂いの情報処理に関わる全ての神経細胞の活動を記録する必要がありますが、それは技術的に大変困難だからです。そこで研究チームは、ほ乳類よりもはるかに少数の神経細胞で、哺乳類と類似した機能を発揮するショウジョウバエ成虫(以下、ハエと省略)の嗅覚回路に着目し、神経活動から匂いの嗜好を解読することを試みました。

研究手法と成果

研究チームは匂いの好き嫌いを評価するため、ハエの行動に応じて匂いや景色が変化する“仮想空間”を構築し(図1 [6]A)、その中で飛行するハエの匂いに対する応答を詳しく解析しました。仮想空間内では、ハエは背中がピンで固定されているものの、旋回しようと羽ばたくことで匂い空間(嗅覚刺激と接触する空間)の内と外を自由に行き来できます(図1 [6]B)。ハエが匂い空間の中を飛行する時間が長ければその匂いを好む、すぐに旋回して匂い空間の外に逃げれば嫌うと解釈できます。実験の結果、ハエは84種類の多様な匂いに対して誘引(留まる行動)から忌避(逃げる行動)までさまざまな反応を示しました(図1 [6]C)。ハエが匂いを認識するスピードは速く、嗅覚刺激と接触してから約0.2秒で誘引や忌避などの行動を選択することが分かりました。

また、研究チームは嗅覚情報を処理する触角葉という脳の領域が、匂いに対してどのように応答するかを調べました。触角葉は約50個の糸球体という球状構造で構成されています。各糸球体は、異なる匂い情報を伝達するチャンネル(経路)として見なすことができるため、匂いは糸球体群の神経活動パターンとして脳内に表現されることになります。神経活動パターン全体を記録することは技術的に難しいとされていましたが、研究チームはレーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージングで、その記録に成功しました(図2 [7])。

さらに、研究チームはこれらのデータを組み合わせることで、糸球体群の活動からハエの匂いの嗜好を定量的に解読する数理モデルを作成しました(図3 [8]A)。その結果、各糸球体は固有の割合(重み)で誘引もしくは忌避に貢献することが分かりました(図3 [8]B)。また、ハエの行動は、各糸球体の活動を変換、重み付けした後、全てを足し合わせることで説明できました。これは、「匂い嗜好は特定少数の糸球体の活動によって決定される」という従来の仮説を覆すものです。

この数理モデルは、新しく与えられた匂いの混合物や濃度の異なる匂いに対する行動も予測したため(図3 [8]C)、汎用性があることが分かりました。また、糸球体の活動を人為的に阻害もしくは増進すると、ハエの行動は数理モデルが予測した通りに変化しました。これにより、数理モデルは神経活動と行動の相関関係だけでなく、因果関係も捉えていることが示されました。

さらに、この数理モデルは匂いの相対的な嗜好は周りに存在する匂いによって変化し、ときには反転し得ることを予測しました。すなわち、匂いの好き嫌いは絶対的なものではなく、直前に嗅いだ匂いの種類や頻度によって変わることを予測しました。研究チームは、実際その通りにハエの匂い嗜好は環境依存的に変化することを見出しました。これにより、ハエの嗅覚システムも視覚や聴覚システムと同様、すばやく環境に適応する能力を持つことが分かりました。

今後の期待

今回発見した匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムは、嗅覚回路の機能やその基本的な配線図がハエからヒトまで共通であることから、広く動物の脳で用いられている可能性があります。

本研究で行った神経活動を解読するアプローチは、脳が情報をどのように処理しているかという根本的な問いの解明につながると期待できます。また、それはブレイン・マシン・インターフェースの改良など、さまざまな応用も期待できます。ブレイン・マシン・インターフェースは、脳と機械をつなぐハードやソフトを意味し、神経活動によって機器などを操作する技術です。例えば、体の不自由な人の動きを機器でサポートする場合、神経活動から適切な情報を抽出する技術が鍵となるため、作成した数理モデルを拡張したものが役立つ可能性があります。

さらに、心の病への貢献が考えられます。精神疾患は客観的な診断が困難ですが、疾患に特徴的な脳活動を検出し情報を読み出すことで、より定量的なデータに基づいた診断と治療が可能になると期待できます。

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