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君もシャーマンになれるシリーズ29 ~人類の観念(創造性)は「ドーパミン」によって造られた~

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前回(こちら [1])は、脳回路の基本構造である「ニューロンの興奮と抑制」についてみてきました。脳回路は、シナプスの可塑性(可変性)によって造られており、「学習」や「経験」によって強化・再編されます。
 
前回みてきた脳回路の基本構造は、人類特有のものではなく、神経細胞ができた初期段階ですでに備わっていた基本構造だと考えられます。もちろん、進化の過程でシナプスの結合形式が多様化したことや人類が大脳を発達させたことによる脳機能の多様化などは考えられますが、それだけでは他の哺乳類と観念を獲得した人類の脳の違いは説明できません。他の哺乳類の脳も「学習機能」を有しており、学習によって危機を回避したり、経験による判断は行っているからです。
 
シナプスの連係に着目した場合には、「学習」と「観念」に明確な違いはなく、どちらも「記憶」と同じ「刺激に対する回路の定着」と「定着した記憶による反応」だといえます。
他の哺乳類では発現しなかった「観念」を人類が獲得した理由は別にあるはずで、今回はそこに焦点を当ててみます。
 
「観念」は一般に、「物事に対して持つ考え」、「意識の対象についてもつ主観的な像。表象」、「真理や仏・浄土などに心を集中して観察し、思念すること」を意味しており、簡潔に表現すると『ある対象に対して思いをめぐらすこと』だと考えられます。それができるのが人類であり、人間の脳だということです。おそらく、出発点は、「?」(=これはなんだ?)という想いであり、さらに「どうする?」を考えるということなのでしょう。
 
このような「想い(観念)」を持たない脳は刺激に対する反応のみで完結しているのでしょうから、「想い(観念)」が脳内で成立するには、脳回路を自発的に導引する何かが必要になるはずです。脳が自発的に活動する現象の一つが「幻覚」であり、「幻覚」と「観念」の共通点がここにあると考えます。
 


 
 
◆「幻覚」と「ドーパミン」
 
「幻覚」をみる脳について振り返ってみます。
 
麻薬等では神経回路が常に活性化する異常が引き起こされ(例:LSD)、神経回路が刺激され続けることで脳全体が混乱し、「幻覚」をみます。病理的な幻覚においては、神経伝達物質であるドーパミンの過剰が代表的な原因となっていますが、その他の様々な神経伝達物質の過剰や不足によっても神経回路の異常が生じます。神経伝達物質の違いによって脳回路に異常が生じる場所と経路が異なることから、幻覚の現れ方も異なってきます。
 
統合失調症やトゥレット症候群はドーパミンの過剰放出が原因と考えられており、ドーパミンが過剰に放出されると統合失調症の幻覚、幻聴、パラノイアなどが生じます。依存症とドーパミンの関係では、アルコールなどの依存物質によってドーパミンが過剰に放出される状態が一定期間続くと、脳はドーパミンレセプターを減らすことで快感が伝わらないようにコントロールします。ドーパミンレセプターが減った中毒者の脳は通常のドーパミンがでていても「欠乏状態」と認識してしまうことから、さらに依存物質を摂取することを繰り返すことになります。これが依存症(中毒)になるメカニズムです。
 
各種の神経伝達物質の多くは相互に抑制しあう関係にあり、抑制しあうことで「脳を安定」させているのですが、ある特定の神経伝達物質の過多やそれに起因する受容体に異常が生じると、安定関係が壊れて神経回路が暴走し、幻覚をみることになります。ドーパミンなどの神経伝達物質が過剰に増えた場合などは、多くの神経回路が興奮状態に陥り、感覚過敏となり、ちょっとした刺激にも反応する様になります。感覚が鋭くなる状態と幻覚が同時に引き起こされることで、外界刺激と経験記憶や進化経験的な本能記憶が反応して幻覚をみると考えられます。
 
 
◆「ドーパミン」の役割
 
ここで、「ドーパミン」の基本的な役割について整理します。
 
ドーパミンは脳を覚醒させ、集中力を高め、ストレスの解消や楽しさ・心地よさといった感情を生み出す働きをもっています。また人が行動を起こす動機付けや恋をしているときにあらわれる身体に表れる症状(顔が赤くなるなど)もドーパミン が関係しており、集中力ややる気などの精神機能を高めるとともに、運動機能にも関与しています。小さな子供がとてもささいな事にも夢中になれるのは、ドーパミンが脳内で十分に放出されているからです。
 
反面、脳内におけるドーパミン濃度の低下は、物事への関心が薄らぐなど精神機能の低下、運動機能の低下、性機能の低下につながります。またパーキンソン病(症状として振るえ、動きにくさ)の患者はドーパミンが早く減少してしまう事によって引き起こされることがわかっています。
 
 
◆ドーパミン神経系(A9、A10神経系)と前頭葉
 
ドーパミンの神経群には、A9(黒質緻密部)とA10(腹側被蓋野)と呼ばれる主要な神経系が2つ存在します。
 
A9神経系は黒質緻密部から主に新線条体へ投射しており、もう一つのA10神経系には2つの経路があります。一つは辺縁系へ投射する中脳辺縁系路で扁桃体の興奮(≒情動)によって活性化し、もう一つは前頭葉へ投射する経路でストレスや不安等負の要因で活性化すると考えられています。
 
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ここで、A10神経系のうち前頭葉に応射する経路はオートレセプター(自己受容体)を持たないという特徴をもっています。オートレセプターは自己受容体と訳され、自分で放出した神経伝達物質を神経細胞自身の受容体で取り込むことで伝達物質の放出量を調整(抑制)する仕組みです(下図参照)。前頭葉に応射されるA10神経には自己受容体がないため、前頭葉はドーパミン優位の構造にあるといえます。
 
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また、このA10神経系は人類に特徴的な神経系であり、サルにも認められているものの大脳が発達した人類の脳においては特別に多くのドーパミンが分泌されています。特に大脳皮質の前頭連合野とその周辺の脳でドーパミンが過剰に分泌される傾向があり、人間の脳が創造性を発揮できるのはこのドーパミンによるものだと考えられています。また、大脳皮質では約8割を興奮性細胞が占めていることで、抑制が弱い反面、経験や過去の記憶にとらわれない「創造性」が発揮される領域となっています
  
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なお、他の動物では大脳基底核でドーパミンが使用されているものの、発達していない大脳皮質や側頭葉ではドーパミンはほとんど使われておらず、代わりに覚醒性のノルアドレナリンが使われているといわれています。ノルアドレナリンは、「チロシン」→「L-ドパ」→「ドーパミン」→「ノルアドレナリン」の順に生成されており、ドーパミンはノルアドレナリンの前駆物質であることから、始原人類の前頭前野にドーパミンが大量に使われる素地はすでに整っていました。
 
また、ノルアドレナリンの生成にはビタミン類、特にビタミンCが必要であり、果物が豊富な樹上生活を失ってビタミンC不足となった人類の脳では、ドーパミンからノルアドレナリンに転換できずに、ドーパミン過剰の状態におちいったと考えられますこのビタミンC不足に起因するドーパミンの過剰が、ドーパミンを主体とした大脳、特に前頭葉と大脳皮質を発達させたと考えられます。
  
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サルの脳と人類の脳における違いは、大脳、特に前頭葉における興奮系の神経伝達物質「ドーパミン」にありました。木から落ちた人類は、「ビタミンC不足」におちいった際、早産による未熟な脳での出産を余儀なくされるとともに、創造的な脳の基礎となる「ドーパミン優位の大脳」を獲得したと考えられます。
  
次回は、「幻覚」と「観念」の関係をみていきます。始原人類は、ドーパミン優位の状態で「幻覚」をみる脳を獲得すると同時に、ドーパミンによる「創造的」な脳を獲得しました。始原人類は、過酷な環境において様々な幻覚をみていた可能性があり、脳が造り出す「幻覚」から、やがては創造的な「観念」を登場させたと考えられます。
 

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