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君もシャーマンになれるシリーズ24~脳の進化から人類進化を解明する(前編)~

みなさん、こんにちは。いつも「君もシャーマンになれるシリーズ」をお読み頂きありがとうございます♪

今回は、「シャーマンの誕生はいつか?」という疑問を出発点としたサルとヒトの違いに関する調査を元にして、サルから人類にいたる脳の進化に焦点を当ててみます。サルやチンパンジーとヒトの脳の違いを調べていくうちに、人類進化の謎を解く道筋が見えてきましたので、人類進化についての大胆な仮説を提起します。サルとヒトを分かつものは「脳」であり、脳の進化が人類進化の謎を解く鍵だったのです。

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前編では、サルやチンパンジーとヒトの脳の違い について、後編では、サルの脳からヒトの脳への進化を主軸とした場合の人類進化の仮説 を示します。

   チンパンジーとヒトの遺伝子の違いは「脳」にある   

チンパンジーとヒトの遺伝子の違いは2%未満であり、98%以上は同じです。2%未満の遺伝子の違いは、ウマとシマウマほどの違いしか無く、本質的な違いを見分けるのが難しいものなのです。しかし、ヒトは、サルはおろか他のいかなる動物とも異なる存在にまで変化してきました。その要因、すなわちヒトがサルや他の動物と一線を画すものが「」であることには疑いの余地はありません。それでは、サルの脳とヒトの脳の違いを具体的に見ていきましょう。

チンパンジーとヒトの遺伝子における2%の違いは脳に関係するものが多く、かつ特徴的なこととして、ヒトの遺伝子はサルやチンパンジーの遺伝子の「欠損」によるものが多いことが挙げられます。遺伝子の「欠損」は、「先祖帰り」的な進化を示し、比較的容易に生じやすい進化の形態なのです。

その遺伝子の欠損の一つが、『脳の拡大を抑制する遺伝子の欠損』です。サルや他の哺乳類は進化に対する「安定」の必要性から、不用意に脳が拡大しないように脳の拡大を抑制する遺伝子を持っていますが、ヒトではその遺伝子が欠損することによって脳を拡大させてきました。『脳の拡大』がヒトにおける進化の適応態だったのです。
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もう一つの遺伝子の欠損が、チンパンジーが持つ『強い顎の筋肉を形成する遺伝子の欠損』です。外圧の高い自然界において、攻撃や捕食や食べ物の摂取に必要な強い顎の筋肉を失うことは一般に劣性の進化と考えられますが、ヒトは顎の筋肉が弱まることで頭蓋骨全体が拡大しやすくなり、脳の拡大にとっては優位な進化形態となっているのです。

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さらに、ヒトはサルやチンパンジーに比較して『多種多様なタンパク質を生成する遺伝子』を獲得しています。チンパンジーとヒトのタンパク質の違いが特徴的に見いだせる部位は、やはり「脳」だと考えられます。ヒトの脳には、タンパク質(アミノ酸)から生成される多種多様な神経伝達物質やホルモンが存在し、脳の活動には不可欠なものとなっています。また、体全体に対する脳容量の比率が高いヒトの脳が消費するエネルギーは格段に高いため、そのために必要なタンパク質や糖質を効率よく摂取・生成する能力が必要になるのです。

以上、遺伝子レベルで比較した場合でも、サルとヒトを分かつ一番の違いは、「脳」の進化と言えるのです。

   サルとヒトの脳の形成過程と機能の違い   

ヒトには、サルや他の哺乳類とは決定的に異なる脳の形成過程があります。その決定的な違いは、ヒトの脳が胎児における形成途中の未成熟な段階に出産される点にあります。ほ乳類は一般に、出産後すぐに外敵やその他の環境に適応するために、可能な限り成体に近い状態で出産されます。野生動物の多くは出産後数時間で立ち上がり、歩くことができますが、その運動や行動ができる脳ができあがっている必要があり、出産時には脳はほぼ完成しています。

それに対して、ヒトの胎児の脳は形成途中で出産され、その後に脳の神経細胞は増加・消失の状態変化を示すとともに、数年をかけて脳の神経回路を形成します。未完成の脳であるが故に、出産後の外界刺激によって、本能にはない脳の適応と複雑な神経回路の形成が可能になるのです。その点をもう少し具体的に見てみましょう。

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サルの脳は出産時には既に完成していることから、それ以後の脳の可塑性には限界があり、動物としての本能を中心とした行動様式をとることになります。サルにヒトと同レベルの学習を期待するのは脳の形成過程の違いから判断して、無理な話だと言えるのです。
サルの脳にはヒトのように明確な右脳と左脳の機能分化が見られません。その例として、サルの利き手はヒトほど明確ではないことが挙げられます。なお、サルではやや左利きが多いという調査結果があり、サルでは右脳に優位性があると考えられますが、全てのサル種に共通したものではありません。それに対して、ヒトでは圧倒的に右利きが多いことは、右脳と左脳の機能分化が進んでいることを意味します

ヒトにおける右利きと左利きの決定要因として、出産後約3年で形成される左脳の完成時期と左右の脳を結ぶ脳梁の完成時期の違いによるという報告があり、右脳と左脳を連絡する脳梁の完成前に左脳が完成すると、ヒトは右利きになると考えられています。対して、脳梁の完成が左脳よりも早ければ左利きになる確率が高まります。

一般に、女子は男子に比較して右利きが多いのですが、女の子は言葉を覚えるのが男の子よりも早く、このことは女の子の方が左脳の完成が早いことを意味しており、左脳の完成が早いことから右利きが多くなると考えられます。なお、喃語(なんご)の出現と利き手のリーチングが同期するという事実からも左脳による言語能力と利き手の関係が説明されています。

なお、脳回路の基本構造には、古い脳と新しい脳、あるいは古い機能と新しい機能の関係において、相互に抑制しあうことで全体として適応的に統合されるという性質があり、右脳と左脳は脳梁を介して相互に抑制しあうことで脳全体が統合されています。

ヒトの利き手は、本能にはない外界刺激や環境に反応する左脳が主体となって右手を動かすことによって優位になるのです。

    本能系の右脳と論理系の左脳    

サルの脳は右脳と左脳の機能分化が進んでおらず、どちらも古い脳(本能の領域)との繋がりが強いと考えられます。対してヒトの脳は未完成の状態で生まれ、本能にはない新たな外界刺激を受けながら形成・成長することから、右脳と左脳の明確な機能分化が生じるのですが、本能との連係部分を残す必要はあります。右脳左脳共に未完成で真っさらな状態から始まるヒトの右脳は古い脳との繋がりを残し、左脳がヒトに特有の新たな機能を担うことに分化しました。そして、分化した右脳と左脳を脳梁が連絡することで、本能と近い右脳と新たに獲得した本能を超えた左脳が相互に制御・抑制しあうことで脳全体が統合されるのです。

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右脳と左脳を結ぶ脳梁

誕生後のヒトの未完成な左脳は、母親の声や表情、スキンシップを最初の刺激として受け、その刺激に反応・適応する脳を形成していきます。その結果、母親からの刺激の意味を理解する脳が形成されることになり、左脳はやがては母親の言葉や表情、スキンシップなどの意味を理解する様になります。さらに、様々な刺激の関連性や複雑な条件での刺激に対して最も適応的な反応・判断を選択することになるのです。

以上から、ヒトの脳が未完成な状態から始まり、乳幼児の脳が母親からの刺激を受けながら形成されることがサルと人の決定的な違いの一つであると言えるでしょう。また、ヒトにおいては他の哺乳類以上に母親による子育てが重要であることを改めて認識できます。

   神経細胞の部分消滅が、脳回路の発達を可能にした   

サルの脳とヒトの脳のもう一つの違いについて触れておきます。

ヒトの脳の特徴の一つに、出産以後の脳の発達期には脳の神経細胞は余分に作られ、いったんは冗長な神経回路網が形成されるものの、冗長な回路にはシナプス競合が生じ、良く使う回路は強化され、使わない回路は脱落(消滅)するという特徴があります。このように、人類の脳は出産以後に大量の神経細胞を失っているのですが、そのことによって神経回路の成長が促進され、環境に対応した複雑で多岐にわたる神経回路が形成されると考えられるのです。その後も神経細胞は減少を続けていきますが、反面、脳の容積は成人になるまで拡大して行きます。そのため、人類の脳細胞の密度はチンパンジーの半分以下しかありません

具体的な例をみてみましょう。発達性読字障害の人の脳の解剖結果に言語野のある左脳が統計的に大きいという報告があります。その原因は、胎児から出生時の細胞死のはたらきが弱かったことによると考えられています。ニューロンの軸索がショートカットするための通り道が空いていなかったため、さまざまな回路が作れず、それ以上前進できずに読字能力が発達できなかったのです。

脳の進化を単純な脳容量の拡大とみるのは誤りで、脳容量を拡大させながら、脳の神経細胞の増殖と消滅の関係を作り上げ、複雑な脳回路を効率的に形成することが脳進化の重要なポイントの一つなのです。人類は、脳の拡大を抑制する遺伝子の欠落でいったんは脳細胞の増加を促進し、ある段階で脳細胞の部分消失を起こすことで本格的な脳回路の形成と進化が可能になったと考えられます。

後編に続く [1]

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