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生命は金属とともに生きている

生命維持に必須の金属(ミネラル)は20数種と言われ、金属は生命維持に生命維持に不可欠な、ヘモグロビンなどの酸素運搬、神経伝達などに重要な役割を果たしています。また、金属が含まれている粘土や層状鉱物が存在するところでは、アミノ酸が繋がってタンパク質に似た物質が形成されやすいことや、粘土の表面はRNAが合成される足場となることが分かっており、これらは生命誕生に金属が不可欠であった事を示唆しています。本ブログでは、これから生命と金属(ミネラル)の関わりについて何回かに分けて明らかにしていきたいと考えています。
           
金属は生体内では、タンパク質と結合した「金属タンパク」という形で存在し活用されています。今回のエントリーでは生命活動について特に重要な、呼吸と光合成、そして細胞分裂について、金属との関わりを明らかにしていきたいと思います。
                    


                     
①細胞呼吸
生物学では、有機物を分解し、エネルギーを取り出すことを細胞呼吸と呼んでいます。この過程でエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)に取り込まれ、生体内で使われやすい形で貯蔵されます。
細胞呼吸は多細胞生物では、解糖系、クエン酸回路、電子伝達系と3段階に分かれています。解糖系は、酸素を使わない生物史上古くから使われている仕組みで、細胞質で行なわれており、クエン酸回路と電子伝達系はミトコンドリア内で行なわれている仕組みです。
このうち実は最も大量のエネルギーを作り出せる(全過程で作り出される38ATPの内34ATP)電子伝達系で金属(主として鉄)が不可欠なのです。
          
酸素呼吸とは言葉を変えれば、酸素と反応させてエネルギーを取り出すことです。しかし、有機物を直接酸素と反応させれば、反応が過激すぎて(=燃えて)生体に危険なばかりか有効にエネルギーを取り出すことも出来ません。
そこで生物は、まずブドウ糖などの栄養分を解糖系とクエン酸回路という一連の化学反応によって二酸化炭素と水素に分解しています。そして電子伝達系ではこの水素を酸素と反応させて酸化させる過程で、ゆっくりと(一気に燃焼しないように)エネルギーを取り出すために、鉄を用いているのです。
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具体的に見てみましょう。上の図を見てください。電子伝達系にもちこまれた水素は、水素イオン(H+)と電子(e-)に分離されます。この電子はフェレドキシンからいくつものシトクロムを経て徐々に電位を上げて酸素に受け渡されます(実際はこのシトクロムのサイクルはもっと数多くの段階があります)。
ここでフェレドキシンは、鉄-硫黄タンパク質と呼ばれ、鉄と硫黄の結合物にタンパク質が結合した物質。シトクロム(チトクロム)はへムタンパク質と呼ばれ鉄原子を中心にタンパク質など(ポリフェリンと呼ばれる環状の化合物)が結合した物質です(下図)。つまりいずれも鉄がタンパク質と結合したものです。
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鉄の特性はこのように結合する物質が違うことで酸化還元電位(電子を奪う強さ)が大幅に変わるところにあります。
これらの電子伝達反応の鎖の中で電子の受け渡しは、鉄(タンパク)を媒介として、次のように行なわれています。
          
(より電位の低い化合物から)e-+Fe3+→Fe2+
                ↑   ↓
                 ← Fe3++e-→(より電位の高い化合物へ)
つまり『Fe3++e-⇔Fe2』+という電子の授受を、少しづつ電位を上げて行うことで少しづつエネルギーを取り出しているのです(電子の受け渡しの最終段階では、かなり電位が上がるため銅タンパクも使います)。
電子の受け渡しは、エネルギーの放出を伴いますこのように段階的にエネルギーを取り出すことが可能なのは、鉄という金属に大きな特質があるからです。つまり鉄は比較的容易に2価(Fe2+)と3価(Fe3+)のイオンに入れ替わり、それらの化合物は、立体構造がほとんど変わらない,という性質があります。これは他の金属には見られない性質です。
2価と3価の鉄の安定性の差は非常に小さいので、あまりエネルギーを使わずに電子のやり取りができ,しかもその際に立体構造が変わらないので,鉄を中心とした電子の受け渡しに同じ鉄原子が繰り返し使え,安定したサイクルを作ることができるのです(立体構造が変わってしまえば、繰り返し使えません)。
          
ところで鉄が呼吸に使われているのは、酸素呼吸をする生物だけではありません。酸素呼吸を行なわない原始的細菌も電子伝達には、鉄-硫黄タンパク質を使っています。実際硫黄を使って呼吸する好熱細菌は3価の鉄イオンを2価に変えてエネルギーを得る(即ち呼吸する)ことも分かってきました。つまり呼吸においては、生物はその始原から鉄が不可欠なのです。
          
②光合成
光合成は細胞呼吸と全く逆の反応。つまり、呼吸が栄養物(ブドウ糖)からエネルギーを取り出し、二酸化炭素と水を生み出すのに対し、光合成は光からエネルギーを得て、二酸化炭素と水から栄養物(ブドウ糖)を合成するという反応です。
植物(自ら栄養を作り出せる生物)はそれ以前に獲得した、エネルギーを生み出す呼吸の仕組みを転用して光合成の仕組みを作り出したと考えられます。
簡単に言えば光合成とは光のエネルギーを得て葉緑体内のクロロフィル内部で電子を励起(活性化状態)させ、電子伝達系に受け渡されてATPを作り、そのエネルギーを使ってブドウ糖が組み立てているということです。ここではクロロフィルとはヘムタンパク(酸素運搬に使われるヘモグロビン)に良く似た構造を持った物質で、鉄の代りにマグネシウムにタンパク質等が結合した物質です。(下図)光合成ではマグネシウムがエネルギーを得て電子を放り出す性質を利用していると思われます。また光合成においても電子伝達系では、上述したシトクロム(鉄タンパク)や鉄硫黄タンパクが使われています。
          
更に栄養を作り出すという意味では、光合成と並んで窒素固定(空気中の窒素を取り込みアミノ酸を作り出す反応)で鉄硫黄タンパクと、鉄硫黄-モリブデンを含む、ニトロゲナーゼと呼ばれる酵素タンパクが使われています。つまり生物は栄養物を作り出すのに金属を不可欠としているのです。
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③細胞分裂
生命活動に不可欠な細胞分裂にも金属が用いられています。細胞分裂にはまず、DNAの複製が必要です。複製のためにはヌクレオチド(DNAの素材)を連結させる反応が必要ですが、ここで使われる酵素(DNAオキシダーゼ)DNAオキシダーゼは亜鉛を含むタンパクです。ここで亜鉛が果たしている役割は、隣接するヌクレオチドのOH-基とリン酸が結合しやすいように、相互に近づけ、酸の力で反応を促進することにあります。(下図)
亜鉛タンパクはタンパク質分解酵素やペプチド分解酵素など多様な働きを持っていますが、反応物を近くに持ってくること、酸の力で反応を促進させる役割は共通です。
          
また亜鉛がないと有糸分裂が上手く出来ないことも分かっています。それ故に、亜鉛は特に細胞分裂が必要な造精細胞、皮膚等に大量に必要とされることもわかっています。
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生命活動にとって金属が不可欠であることを、代表的な事例でここまで見てきました。次回は生命の進化と金属との関係をテーマにしてみたいと思います。お楽しみに。

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