2011-02-12

脳の進化と活用、その可能性を探る~「相手の心がわかる共認機能」、脳の発達からそれを解明する~2

以前、
「脳の進化と活用、その可能性を探る~「相手の心がわかる共認機能」、脳の発達からそれを解明する~」で「共認機能の形成過程の前半部分を紹介しました
今回は、後半編を紹介します 😀
      
ではでは、前回の状況を構造的にまとめてみたいと思います
       
もともと動物には、同類とそれ以外(=敵)という認識しかありません。
従って、一般に動物は「闘う=外敵」という構造です。
   
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(写真はイメージです。)
   
しかし、樹上というパラダイスな世界を獲得したサルは、外敵がいない、食料が豊富という好条件の元に、大繁殖し、その結果、縄張りが接触するようになり、縄張り侵犯が頻繁に行われるようになります。
つまり、同類であるサル集団同士の「縄張り防衛=同類闘争」が日常茶飯事になってくるのです これがサルの第一義課題になってきます
しかし、同類闘争に対応する本能は存在しなかったのです
         
そうなるとどうなるのか・・・
    
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絶えず生存の危機に晒され不全感覚が刺激され続けるという意識的な極限状態、つまり、本能そのものが混濁するという本能の不全(縄張り闘争には勝てないのに、死なずに辛うじて生きている)に陥ります
    
具体的にイメージしてみると・・・
食べている時も、寝ている時も常に回りを警戒しながら・・・ビクビク
全然気が休まる時がないです(><)
        
実際闘争になった時も大変です。同類同士なので、力は拮抗しています。それ故、外敵闘争よりも、闘争に時間がかかります。
これって、そうとうのエネルギーを消耗しますよね。
しかも負けてもかろうじて生き残れたりもして(><)
        
こんな不全感は今まで体験したことのない状態だったと思います。
          
本能そのものが混濁するという「本能の不全」に陥ったサルはどうしていったのでしょうか?
この最大の逆境状況をどう克服していったのでしょうか?
         
生物には、逆境にさらされると、それに適応しようとする本能=適応欠乏が備わっています。その適応欠乏が生起することで、いろいろな進化が起こってきています。
         
そうなると、どうなるのでしょう?
       
なんと、モグラ以来性闘争物質によって、封鎖されてきた追従本能が解除されるのです!
(※追従本能とは、同種で寄りそうことで、種として外圧の変化に対して生存を高める本能。感覚的には、「寄り添って安心する 。」という感覚です。)
そうなると、怯えと飢えに苛まれていた境界空域の弱オスたちは、性闘争を回避しだし、敵だと思っていた同類の弱オスに寄りそいだしたのです。
        
しかし、互いに追従し合っても、誰も(縄張りの確保あるいは不全感の解消の)突破口を示すことは出来ません(><)
そこで、少しでも不安を和らげるべく、親和本能を更に強化し、互いに依存していきます。
(※親和とは、主に乳幼児期における母子間の授乳やスキンシップによる一体感や充足感のこと。)
         
つまり、「縄張りを持たない敗者たちが互いに身を寄せ合って安心する」といった状態ですね。この気持ち、ちょっと分かりますよね。
(注:この時点では相手の気持ちは分かりません。いるだけで安心。)
     
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(写真はイメージです。)
     
そして、この弱オスたちは、依存し合う中から、
「どうする?」⇒「どうにかならないか?」
と可能性を相手に求め、互いに相手に期待収束していきます。
まさにこの期待していくって、「相手を注視していくこと」そのものなんです!
こうして、互いに相手を注視し続ける内に、
「お前もか~!同じ状況だったとは!」
と遂に相手も同じく依存し期待している事を発見します!
    
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自分以外は全て敵で、かつ怯え切っていた原猿弱者にとって、「相手も同じく自分に依存し、期待しているんだ」という事を共有し合えた意味は大きく、双方に深い安心感 を与え、互いの不全感をかなり和らげることが出来ます。
        
この様に、不全感を揚棄する為に、相手の課題=期待を自己のそれと重ね合わせ同一視することによって充足を得る回路こそ、(未解明だが、おそらくは快感物質β-エンドルフィンを情報伝達物質とする)共感回路の原点だと考えられます。
    
この安心感+が、相手+⇒仲間+共感を形成し、原猿たちは不全感の更なる揚棄を求めて、より強い充足感を与える(=得る)ことのできる親和行為(スキンシップなど)に収束していきます。
    
070918kedukuroi.jpg
           
そこでは、
「相手の期待に応えることが、自己の期待を充足してもらうことと重ね合わされ同一視されています。つまり、相手の期待に応え充足を与えることは相手に期待し充足を得ることと表裏一体なのです。」
「従って、相手の期待に応えること自体が、自己の充足となるのです。
まさに、相手=自分となる。
共感の生命は、相手(=自分)の期待に応望することによって充足を得ることである。」
        
こうして、不全感に苛まれ本能が混濁したサルたちは、その唯一の開かれた可能性=共感充足へと収束することによって、はじめて意識を統合することができたのです!  
          
この原猿が体感している「共感」。なかなかイメージしにくいですよね?
でも、これは私たちの深い意識の中にもあります。
日常的には、体感することはなかなか難しいですが、まれにそれに近い体験をすることがあります。
       
      
例えば・・・
阪神大震災の時に、多くの関西人が体感した感覚がまさにそれなんです。
大地が割けたかと思う程の大揺れに見舞われ生きた心地がせず、足が地に着かないような恐怖に慄いている心が、外に出て誰かと言葉を交わすだけで(それ以前に、生きている人々の姿を見るだけで)、すーっと安らぎ、癒される感覚。
その時作動していたのが意識の深層に眠る原猿時代の共感充足の回路だと考えられます。
そして、その凄まじいほど強力な安心や癒しの力は、自分の家族や知人からではなく(そんな意識とは無関係に)、誰であっても誰かが居りさえすれば湧き起こってくるものでした。
これってすごいことですよね!誰かいてくれるだけで安心という感覚。
普段はこういったことを意識せずにいる私たちって、頭が固くなっているかもですね。
       
        
サル・人類には、こういった「相手と共感して充足する」「相手の期待に応えて充足する」etcを充足と感じる回路が、サルと人類にはあります。
この機能を土台にして、相手の課題=期待と自分の課題=期待を重ね合わせて、課題や役割や規範や方針を共認する(共に認める)ことが可能になったのです!
   
 
   
 
         

List    投稿者 miwa | 2011-02-12 | Posted in ④脳と適応No Comments » 

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