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雌雄の役割分化3 ~雌雄分化の第一段階=殖産分化~

約10億年前、生物は単細胞生物から多細胞生物へ進化します。この進化過程の最大のポイントは「殖産分化」です。あまり聴き慣れない言葉ですね。「殖」は生殖で子孫を残すこと、「産」は生産で捕食などの仕事です。

 単細胞生物は、その細胞一つで生殖も生産も担っています。そのため細胞の負担が大きく、高度な機能進化は困難です。

多細胞生物は、生殖を担う生殖細胞と、生産を担う体細胞を分化します。体細胞は生殖負担を無くすことで、筋肉、神経、消化器官などの各機能に特化・増殖していくことが可能となりました。

 また、「殖産分化」により、生殖細胞を生産過程=闘争過程にさらす必要がなくなり、生殖細胞を安定的に守ることが可能になりました。殖産分化をもって、生物の安定機構は完成したと言っても過言ではありません。生物の進化ですごく重要なことだったんですね。
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 それでは、殖産分化の具体的な事例を見てみましょう。興味を持たれた方は応援もよろしくお願いします。
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■ゾーリムシ
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先週に続いて再登場のゾーリムシ君ですが、単細胞生物でありながら、多細胞生物と同じように殖産分化を実現している優れものなのです。

ゾウリムシの細胞には大きさと機能の異なる二つの細胞核「小核」と「大核」が備わっています。小核は二倍体で有性生殖を行う時にのみ働く細胞核(生殖核)です。これに対し、大核は数百倍体のゲノムを持ち、通常の細胞分裂に関わるタンパク質合成を行うための遺伝情報を提供しており、このため栄養核とも呼ばれています。

つまり単細胞だけれど核を二つに分けて、小核=生殖、大核=生産と言う形で、殖産分化を実現しているのです。

さらに、ゾーリムシは小核と大核を持つことで有性生殖も上手く組み込んでいます。ゾーリムシは無性生殖=単純分裂だけでは、700回が限界で寿命を迎えます。それを避けるために他の個体と接合し、減数分裂を行って小核を融合することで再生し、再び700回の分裂ができるようになります。生きていくために必ず有性生殖を行うようになっているのです。この有性生殖は小核が担い、700回という細胞分裂の回数は大核DNAが規定しています。

ゾーリムシは殖産分化を獲得したことで、単細胞生物の中では、最も複雑な機能と構造を備え、単細胞生物の中で最も進化しました。しかし、一方で単細胞ではどうがんばって進化してもゾウリムシ止まりであり、進化の袋小路に入ってしまったとも言えます。

次に多細胞化して殖産分化して言った事例を見てみましょう。

■ボルボックス

ボルボックスは、多数の単細胞が集まった群体生物です。約5000万年前から現在までの間に、クラミドモナスという単細胞生物から多細胞生物へ進化したと考えられています。(群体とは「単細胞生物が分裂したときに解離せず、そのまま集合したもの」です。)
参考:微小藻の世界(国立科学博物館)-ボルボックスのなかまたち- [6] 

ボルボックスの一種V. carteriでは、直径0.5ミリの球体で、約2000個の小さな細胞(体細胞)が球体の表面に一層に並び、その内側に約16個の大きな細胞(生殖細胞)があります。

ボルボックスでは、細胞の役割が大きく2つに分化しています。ひとつは「生殖細胞」、もうひとつは「体細胞」=鞭毛を動かす細胞です。多細胞生物になるときに、最初に細胞の役割が分かれるのは、体細胞と生殖細胞であることが分かります。多細胞化の出発点は殖産分化なのです。

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ボルボックスは平常時は無性生殖、飢餓状態時に有性生殖を行います。(詳しくはボルボックスの不思議 [8]を参照。)

無性生殖は、群体内のゴニディアとよばれる大きな生殖細胞が単純分裂を行い、娘群体(子ボル)が生まれ、親の体を破って水中に飛び出ていきます。娘群体が放出されたあと、親の体細胞は増殖することはなく、細胞死を起こして死んでいきます。また、無性生殖で誕生した体細胞の分裂回数は、約10回程度といわれています。つまり、2^10の細胞数までは増殖することができますが、体細胞の寿命は決められています。
■カイメン

ボルボックスよりも殖産分化が進んだのがカイメンです。カイメンは上が開いたつぼのような形をし、海底の岩などに固着している動物です。体表の小孔とよばれる数多くの穴から水と食物をとりこみ、大孔とよばれる上端の大きな開口部から水をはきだしています。内側の層に鞭毛をもった多くの襟細胞が、水流をおこす役目をはたし、水流に乗って運ばれてくるプランクトンを襟で捕えます。 また、体表と内側の層の間には中膠(ちゅうこう)とよばれる部分があり、ここでつくられるさまざまな形をした骨片が骨格を構成して体をささえています。カイメンの細胞は10種類程度が確認されており、主な細胞は以下の通りです。

○体表
・扁平細胞:上皮→外部認識機能?
・小孔細胞:入水孔→外部認識機能?
○中膠
・造骨細胞:骨片を分泌→骨格
・原生細胞:捕食(細胞内消化)、生殖(卵)→卵子
・中膠:寒天質
・繊維質海綿質
○内層:胃層
・襟細胞:水流を作る、捕食、精子を作る。→精子
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生殖方法は有性生殖と無性生殖があり、有性生殖の場合は襟細胞が精子を作り、原生細胞が卵子となります。無性生殖の場合は原生細胞が胞子のような役割を果たし、出芽により別の個体がつくられます。

カイメンの段階では体細胞の分化が進んでおらず、原始的な形態を残す襟細胞や原生細胞は、生殖細胞にも、専門化した体細胞にも変化する事が出来ます。進化が進む中で殖産分化が明確化し、細胞の役割が専門化するにつれて、細胞同士の互換性は失われていったと考えられます。

カイメンの殖産分化のもうひとつの特徴に、体細胞が卵子になる原生細胞守っていることが上げられます。体表と内側の層の間にある中膠の位置に原生細胞が配置され、体細胞は5時間に1回という高速で細胞分裂し、大量の細胞を使い捨てることで、毎日大量に摂取する有機物に含まれる毒から生殖細胞を守っています。

■殖産分化と寿命

殖産分化した多細胞生物では、生殖細胞は受け継がれていきますが、体細胞の分裂には限界がありこれが寿命=個体の死を生み出しています。なぜ、このようなことになったのでしょうか。

原核生物から真核生物へ進化した際、染色体の形状は環状○から線状|になりました。環状と線状の大きな違いは端部の有無です。○に端部はありませんが、|には端部があります。線状になった理由は有糸分裂をするため、すなわち複雑になった細胞や染色体を正確に分裂させるため、だと考えられます。

しかし、染色体の「端部」は非常に不安定で、保護が必要になります。その端部を保護するのがテロメアです。端部にテロメアがないと染色体同士がくっついて融合してしまい、癌の原因となるなど、安定性が保てなくなります。テロメアは上記のように染色体の末端を保護していますが、細胞分裂を繰り返すたびに短くなります。短くなるとDNAの安定性が保てなくなり細胞分裂を止めます
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テロメアが短くなる理由は、複製時にDNAの一方の端が複製できずに脱落するからです。それを補うため、真核単細胞生物はテロメラーゼという酵素を作り、テロメアを元に戻す機能を持っていました。しかし、殖産分化が進み、多細胞生物に進化すると、体細胞からテロメラーゼが失われます。なぜ、このような進化をしたのでしょうか?

それは、体細胞は仕事細胞であるがゆえに、仕事に特化したからだと考えられます。生殖細胞は生命の最重要課題を担う細胞のため、テロメラーゼを使い安定性を保持する必要がありますが、体細胞は仕事に特化した細胞であるため、テロメラーゼにエネルギーを使うより仕事にエネルギーを使う方向に進化したのだと考えられます。その結果、個体に「死」という概念ができました。

さらに、単純分裂をする体細胞に寿命が設定されることで、一定期間ごとに必ず有性生殖を行い多様性を持った同類他者を作り出すシステムを採用することにもなりました。

「死」というとマイナスのイメージを持ちますが、体細の機能を高度化し、かつ、多様な同類他者を生み出して進化を促すことで、外圧に適応する可能性を高めたと考えれば、その必然性が理解できるのではないでしょうか。

■まとめ

どうでしたか、殖産分化の事例は楽しんでいただけましたか。ポイントを整理してみましょう。

1.ゾーリムシは、単細胞の中で小核(生殖)と大核(生産)を分化した生物。単細胞としては非常に複雑な形に進化したが、多細胞化に向かわず一つの細胞で何とかしようとしたため、進化の袋小路に入ってしまった。
2.ボルボックスは多細胞化するときに、まず体細胞と生殖細胞の2種類に分化しており、殖産分化が多細胞化の原点であることがわかります。カイメンでは生殖細胞と体細胞の互換性も残した原始的な段階ですが、体細胞の形や機能にも変化が出てきて、上皮細胞は自分を使い捨てにして生殖細胞を守る役割も持ちます。
3.生殖細胞と体細胞に分化する中で、体細胞は不死性(テロメラーゼ)を捨てます。体細胞は不死性を捨てることで、さらに生産に特化し捕食などの仕事の機能を高め、有性生殖による変異を必然的に組み込み進化を促進しました。


殖産分化が生き物の寿命=個体の死を生み出した原因であり、個体の死を許容した種の方がより適応的であり、進化してきたというのは、少し驚きだったのではないでしょうか。

次回は精卵分化です。またまた新しい発見があるともいます。楽しみにしてください。

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