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人類の拡散と進化シリーズ3~観念機能の進化~

今からおよそ400万~200万年前、猿人段階において、観念機能獲得へ向けての前段階、つまり脳進化への可能性収束とその訓練期であった事が前稿 [1]にて紹介されています。
本能では立ち向かえない天敵や自然外圧を前に、恒常的な不全状態から、ひたすら仲間との共認充足を深める事でわずかな望みを繋いでいく過程において、その唯一の武器である共認機能が徐々に発達して行った。これが、後の脳進化=観念機能の獲得へと繋がっていったのです。
では、今回は猿人の次、原人段階における人類進化の道を遡ってみましょう。
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まずは、人類の拡散と観念機能の進化②~原人段階~ [5] から引用します。

 原人段階では、ホモ・ハビリスの段階で脳容量 約600ccと一気に発達し、ブローカー野の発達も確認されていることから、ある程度の言語発達を遂げていたと考えられる。また、石器の使用もホモ・ハビリスからであり、恐らくこのホモ・ハビリスないしはその前後のルドルフェンシス・エルガステル当たりが「観念原回路」を獲得した人類であると考えられる。
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 約200万年前~180万年前の地球は本格的な氷河期への突入時期に当たり、アフリカ大陸は急激な乾燥化が進んだ。
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(氷期になると水蒸気が奪われる為、アフリカなどの地域は乾燥化が進む)結果、植栽環境などが激変し、深刻な食糧不足に陥る。

この氷河期というのは、200万~1万年前までの間に4回ほど繰り返されています。
つまり、凡そ50万年毎に氷期~間氷期~氷期という気候の波があり、比較的温暖な間氷期には定住できても、氷期が訪れるとまた旅に出る 、という繰り返しだったのかもしれません。また、氷期は乾燥化を齎し、今の日本でいう東北地方辺りまでが氷河に包まれ、海面は最大で140mも低下 したと言われています。
さて、直面する逆境と、観念原回路を獲得した人類。この時の人類の取った行動、次なる手段はどのようなものだったのでしょうか?
実現論 ヘ.人類:極限時代の観念機能 [8]にて、次のような仮説が提示されています。

極限的な生存圧力と、それ故の期待・応望の同類圧力は極めて強力に働いており、この強力な生存圧力⇒同類圧力こそが、観念機能と物的生存様式を生み出し、進化させてきたのである。
この観念機能(特に言葉)は、サルが頼りにする表情や身振りによる共認よりも、遥かに多様で容易な共認を可能にし、共認内容の無限の組み替えを可能にする。従って、観念機能こそ、DNA進化に替わる新たな進化機能=共認機能の完成形態であると言える。

 
猿人⇒原人へと共認進化を進める段階で、徐々にその共認対象を集団の外へと広げ、観念機能の獲得以降は徹底的に観念進化へとシフトして行ったのです。
その事により、過酷な外圧変化に対しても、新たな方針を組み立て、共認し、行動に移す事で適応する事ができた。それが、出アフリカ という決死行の始まりだったんですね 🙄 。
人類の拡散と観念機能の進化②~原人段階~ [5] 引用の続き

 約180万年前、本格的な氷期(リス氷期)に突入。益々進む乾燥化→食料不足の中で、原人は可能性を求めてアフリカからユーラシア大陸へ移動を始める。ユーラシア大陸で発見された最も旧い化石(175万年前)が、グルジア共和国・ドマニシで見つかったホモ・エレクトスであることから、ホモ・エレクトス段階では確実にアフリカからユーラシアに移動していたことが解るが、まだまだ旧い化石が見つかる可能性は残されており、ホモ・エルガステル、ホモ・ハビリス段階で既に移動していた可能性も高い。

いずれにしても言えることは、原人段階で観念原回路を獲得したからこそ、人類はアフリカ大陸を出てユーラシアに進出することが出来たと言うことである。
 大陸を超えた長距離移動が過酷であることは想像に難くない。まして人類は未だ弓も槍も獲得しておらず、外敵への対処法は全く持ち合わせていないのである。その行程は想像を絶する過酷な行程だっただろう。
 行き当たりばったりで到達できるような生やさしい行程ではなく、確実に生き残るためには、地形・天候・植栽状況・食料状況・動物状況などあらゆる状況を正確に捉え、予測して行動していくことが必要不可欠である。その為には科学的事実認識力と予測思考=観念回路が不可欠となる。人類の大陸移動は、観念回路の獲得があって始めてなされたものと言える。(∴猿人段階では大陸移動は不可能だった)

確かに、いくら決死行であったとは言え、何の方針も無く拡散して行けば、確実に行き詰まり絶滅していたでしょう。猿人段階から枝分かれしたいくつかの始原人類は、我々ホモ・サピエンスを除いて、全て絶滅している事からも、その過酷さが伺えます。
一方で、観念機能を駆使して様々な方針の組み立てを可能とし、それらの共認によって過酷な生存圧力を克服していく過程には、観念そのものを進化させていった形跡が見事に表れてきます。

 原人の中で最も広がったのは、最後期の原人であるホモ・エレクトスである。先述したグルジアから、ジャワ、中国まで化石が確認されており、ホモ・エレクトスはユーラシアを完全に横断したことになる。
ホモ・エレクトスは、脳容量900ccと一気に発達し、前頭葉も著しく発達している。また、発声上重要な喉仏の形状変化、小脳の発達、胸骨の発達も起こっており、多様な言語を使いこなしていたことが解る。
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石器も高度なハンドアックスを使用しており、最初に火(自然火)を利用したのも、ホモ・エレクトスである。

石器の画像はこちら [10]からお借りしました。2点ともオルドバイ遺跡から発掘されたものですが、徐々に加工精度が上がってきているのが解ります。物理的特性を掴み、その構造を把握して行く過程が、それらを可能にしたのでしょう。

これらのことから、原人はホモ・ハビリス(又はルドルフェンシス・エルガステル)段階で観念原回路を獲得し、大陸を移動する中で更に観念原回路を発達させて行ったと言える。

【図解】人類の拡散と観念機能の進化~原人段階~ [11]
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未だ、2足歩行という手段しか持たない人類が、自然外圧に追いやられるようにしながら、それでも尚生き延びてユーラシア大陸を横断した、という事実にはかなり驚かされますが、それらを可能にした主要因こそが、人類が人類たる所以の共認機能⇒観念機能の進化のなせる技だったのですね。
しかし、この観念機能を駆使して拡散(≒逃避行)をした原人や旧人達も、実はその後絶滅 を迎える事になるのです。
では、今現在地球上にひしめく人口60億を超える我々の祖先は、一体どのような進化を遂げてきたのか?
次回は、新人=ホモ・サピエンス=我々がどのように逆境っを乗り越えてきたのか?に迫っていきたいと想います。

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