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原猿から真猿へ4 ~原猿が陥った「本能不全」~

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ショウガラゴ 画像引用元 どうぶつずかん [1] 
前回までの記事で、原猿の生態、オスメス関係と集団構造の特徴、サルの拡散進化過程を概観しました。
原猿から真猿へ1 ~原猿って何?~ [2] 
原猿から真猿へ2 ~猿の拡散と進化過程~ [3] 
原猿から真猿へ3 ~真猿への進化を、現存する原猿の特徴から探る~ [4]

今日から数回にわたって、サル・人類に固有の「共感・共認機能」の獲得進化過程「実現論:第一部前史」 [5]を参照して紹介します。

共感・共認機能
相手に同化する、サル・人類に固有の機能。元々は、サル時代に形成された不全から解脱する為に形成された機能で、相手の不全(期待)と自分の不全(期待)を同一視する共感回路を原点としている。そこで相手と同化することによって充足(安心感等)を得ることができる。この機能を土台にして、相手の課題=期待と自分の課題=期待を重ね合わせて、課題や役割や規範や方針を共認する(共に認める)ことが可能となる。

この「共感・共認機能」は、いわゆる「心」「意識」と呼ばれる領域そのものであり、サル・人類の知能を著しく進化させた本体でもあります。

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実現論:前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能 [8] より引用します。

他方、同じ原モグラから出発して樹上に逃避の場を求め、樹上機能(後ろ足の指で手と同じ様に枝を掴める)を発達させて遂に樹上で棲息するに至った原猿は、大きな可能性を獲得すると同時に、大変な問題に直面することになる。

まず、樹上には外敵が殆どいない。その上、樹上には栄養価の高い果実や木の実が沢山ある。従って、陸・海・空とは別の樹上という第四の世界をほぼ独占した原猿たちは、最高の防衛力と生産力を手に入れたことになり、忽ち森林という森林を埋め尽くして(その食糧限界まで)繁殖していった。

「猿の拡散と進化過程」 [3]にあるように、原猿が誕生したのは約5500万年前、アジアから北米大陸へ大量の齧歯類が上陸し、縄張りを追われた原モグラが樹上逃避したのがはじまりと推察されます。手足の親指が対向し、木の枝をつかめる機能を獲得したカルポレステス(果実を食べる人)が登場したのがこの頃です。

当時は地球規模の温暖化の時期であり、世界中の大陸に巨木の森が広がりました。広葉樹(被子植物)は枝を広く張り出しその森では木々の枝が重なり合い、現代の熱帯雨林のような密集した森となります。これが原猿の生活の場となる樹冠をつくりだし、果実や木の実などの豊富な食料を提供しました。

樹冠は基本的に地上と切り離された生活ができる場所です。
樹上で食料を確保し、そこで眠り、餌がなくなれば枝を伝って森を移動し、外敵の多い危険な地上にはできるだけ降りない。それは、弱者にとって格好の生活空間でした。
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樹冠のイメージ 画像引用元MONGABAY.COM [9]   

こうした条件が相まって、5500万年前~4000万年前の間に、原猿は北米大陸から、ヨーロッパ、アジア、アフリカに至るまで、急速に繁殖、拡散していきました。

実現論:前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能 [8] より 

そこで、彼らの最強本能たる性闘争=縄張り闘争の本能が問題化する。
この本能は、激しい個間闘争によって敗退した大多数の成体が行き場を失って外敵に喰われ、あるいは餓死することを前提にしている。簡単に言えば、大多数が死んでくれることによって調和が保たれる本能である。

確かに、半地下(ほぼ地上)であれば縄張り(言わば土俵)から敵を追い出すのは簡単である。しかし樹上には何本もの枝があり、降りれば地上があり、しかも縄張り内には何百本もの樹がある。この様な縄張り空間では、1匹の覇者が多数の敗者を縄張りから完全に追い出すことは不可能である。

たとえいったん追い出したとしても、追い出された者は樹上逃避できるので、外敵に喰われることなく大多数が生き残る。そして、生き残っている以上、彼らは常にどこかの覇者の縄張りを侵犯していることになる。敵(=縄張りを持つ覇者)はメスの掠奪は許さないが、縄張り周辺でのエサの掠め取りまでは手が回らない。もちろん、首雄が恐ろしいので、彼らは概ね各縄張りの境界線上にたむろすることになるが、そこでは充分な食糧を得ることができない。

「真猿への進化を、現存する原猿の特徴から探る」 [4]で紹介したように、原猿の性闘争は激しく、原始的な原猿は単独生活が主流です。特にオス同士の排他性が強いのは、性闘争=縄張り闘争の本能が強力であるが故と考えて間違いないでしょう。

また原始的な原猿では、オスの縄張り(行動圏)がメスの2~3倍に及びます。これは必然の帰結として、縄張りを持てないオスが多く発生することを意味します。そのうち何割かは淘汰(死)されるかもしれませんが、樹上という特殊空間故に、縄張りを持たないオスの大多数が生き残ってうろうろする事態が生じます。

実現論:前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能 [8] より 

かくして、樹上逃避機能を獲得したが故に死なずに、かといって縄張りもなく中途半端に生き残ることになった原猿たちは、本能が混濁して終う。しかも彼らは、絶えざる縄張り侵犯による過剰な緊張や怯えや飢えの苦痛など、全ゆる不全感に恒常的に苦しめられることになる。

同じ性闘争本能を持つ肉食動物や草食動物がぶつかったのは本能の適応不足=限界であり、それは全ての生き物の本能が孕んでいる限界と同質のものであるが故に、彼らの限界も他の生物と同様に、無自覚のDNA変異によって克服されていった。

しかし、原猿がぶつかったのは単なる本能の限界ではなく、絶えず生存の危機に晒され不全感覚が刺激され続けるという意識的な極限状態であり、しかも本能そのものが混濁するという本能の不全(縄張り闘争には勝てないのに、死なずに辛うじて生きている)故に、本能ではどうにもならない(従って本能を超え出るしかない)という未明課題だったのである。

原猿が陥った「本能の不全」とはどのようなものであったのか? 
あるいは原猿が直面した状況(不全感)の特殊性は、他の動物とどう違うのか?
るいネット 哺乳類にはない原猿の不全感 [10]より紹介します。

原猿とは極めて大ざっぱに云えば、原モグラが樹上機能を獲得した様なもので、馬や犬などは原猿よりはるか後に登場した(親和本能を発達させた)動物です。
そして、馬や犬などの親和本能は、彼らには自覚できないDNAの変異の積み重ねによって発達しましたが、それに対して原猿は、恒常的に飢えや怯えに苛まれており、否でも自覚せざるを得ないそれらの不全感をまぎらわす必要から共感機能(麻薬性の期待と応合の回路)を作っていった(もちろん、それ自体は自覚できないDNAの変異の積み重ねによって作られたのですが)という点が、決定的に異なる点です。

このように、他の哺乳類動物と(後に共感・共認機能を獲得する)霊長類との本質的な違いを生み出す起点に、この圧倒的、極限的な「本能不全」があったのです。

次回は、本能不全に陥った原猿たちがどのように意識を統合するに至ったかを紹介する予定です。

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