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「人類の誕生」プロセス 仮説

こんにちは、NISHIです。
現在、毎週土曜日のるいネット ネットサロンで、人類誕生の歴史や構造を追及しています。
今週の当ブログ記事はサロンで一緒に追求している仲間とともに、人類誕生に関連する記事をUPしてきました。今回は「人類の誕生」プロセスについて記事を書きたいと思います。
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人類誕生に関して、これまで主流となってきたのは、4月28日の記事でも紹介されている、 「イーストサイド・ストーリー」とも呼ばれる「サバンナ説」です。
「サバンナ説」は乾燥化によって、樹上から地上(サバンナ)へと降りることで、直立二足歩行を獲得→人類誕生と考える説ですが、4月28日の記事にあるように、最古の人類の発見によって、この説には決定的な論理矛盾が生じ、今や否定的な目で見られています。
しかし「何らかの理由で人類の祖先が地上に降りて直立2足歩行をするようになったことが、人類誕生の契機となった」と言うのは、変わらず主流の考えになっています。
人類の肢の指と猿(真猿亜目)の肢の指を比較すると、猿の肢の指は親指が他の指と対向している為、容易に樹に登れますが、人類の足の指は対向性を失っている為に、樹に登れなくなってしまっています。
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<ヒトとゴリラの足の骨格比較>
サバンナ説を含めて既存の学説では、地上「進出」⇒2足歩行=肢の指(の骨格)が2足歩行に適した形状に「進化」したと考えられていますが、この考えに対する明確な反論が「るいネット」にあります。

サルからヒトへの足の指の変異:『地上生活順応説』には物証もなければ論理的
反証が多すぎる 土山惣一郎」

人類の指の形が変わったのは地上で生活するようになってから後のこと・・・この認識自体が固定観念ではないでしょうか?。・・・(中略)・・・専門家が言うように、地上生活が先であったとしたら、ほとんど木に登らず地上生活を営んでいるゴリラやヒヒは、なぜその生活様式に順応した足の指になっていないのか?という疑問が浮上します。
 しかも、ゴリラもヒヒも真猿類の進化系統樹上は、ヒトが原チンパンジーから枝分かれする遥か以前に登場しており(この点は最近のDNA解析の成果として証明済み)、地上生活をする霊長類としては彼らの方が先輩ですから、順応するための時間という観点からは、ゴリラやヒヒの方が有利です。ならば、人類の祖先は原チンパンジーではなく地上派のゴリラやヒヒである可能性の方が高くなるはずです。ついでに言うなら、ゴリラやヒヒから枝分かれしてヒトに進化した種がいたと言うなら、チンパンジーよりもゴリラやヒヒに近いDNAを持った人類の化石が発見されていてもいいはずです。
 しかし、これらの点は最近のDNA解析という言わば物証から、人類の祖先は原チンパンジーであることがほぼ明らかになりました。つまり、地上生活に順応するために足の指の形質が変わったという認識には、物証がないだけではなく、他の多くのサルの生活様式と進化論的思考との照合からも、論理的反証が多すぎるのです。

「肢の指の退化=適応説への反論 北村浩司」 [4]
・・・木の枝を肢の指で掴めなくなった、つまり樹上で暮らせなくなったことが如何に決定的に生存にとって不利な状況であったかをリアルに想像してみる必要があるのではないのでしょうか?人類は鋭い爪も牙も力も走力も他の哺乳類に比して圧倒的に劣ります。つまり樹上を追われたサルは到底適応できる存在ではありません・・・(中略)・・・またサルは実際ある程度の時間直立歩行することが可能です。そして直立に必要なのは主に腰骨の機能であって、それさえ変化させれば、肢の指の形状を変えなくても直立歩行は可能です。つまりどこから考えても、肢の指で木を掴める機能を退化させる積極的必要性はどこにもありません。

樹上は外敵も少なく、栄養価の高い果実や葉も豊富に存在する楽園的空間。このような環境から、外敵が数多く存在し、食物も少ない地上に積極的に降りる理由は考えられません。では、なぜ人類は樹上から地上に降りたのでしょう?この理由に関しても、るいネットで追求されています。

「先祖返り現象のメカニズム 北村浩司」 [5]
人類は肢の指が先祖返りしたカタワのサルである。この先祖返りは、例えば現在の人類でも尻尾や乳首6つなど、哺乳類時代の身体的特徴を有する人が生まれてくるなど、しばしば見受けられる現象である。では何故そのような先祖返りの現象が起こるのか?
単細胞→多細胞→魚類→両生類→哺乳類(原モグラ)→サル→人類と進化してきた過程において、DNAはそれぞれの段階ごとに新たに増えていくが、その場合旧くからあったDNA(例えば魚の時代のDNA)は決して消えて無くなる訳ではなく、その大部分は休眠状態で温存される。つまりDNAは進化するにつれて前のもの(旧いもの)から次のもの(新しいもの)へと塗り重ねられているのだ。
因みにDNAそれを発現させる因子が働くことで初めて機能するが、休眠状態とはこの旧いDNAの機能を発現させる因子を別の因子で封鎖した状態と考えられる。ところが何らかの理由で、この封鎖因子(の一部)が欠落すると、旧いDNAが作動を始めることになる。これが旧い機能が発現する一般的な先祖返りの構造である。
ところで人類の肢の指の先祖返りはこれとは逆で、サルの肢の親指の機能を発現させる因子が欠落したケースと考えられる。つまりその結果もとの(原モグラ時代の)肢の指の機能に戻ってしまったのが始原人類なのである。

なるほど、つまり人類は「積極的に」地上に「進出」したのではなく、先祖返りによって肢の指が猿以前へと「退化」してしまった為に、地上へと「落下」してしまったと言うわけですね。この仮説であれば、外敵が数多く存在し、食物も少ない地上に”わざわざ”降りざるを得なかったことが説明でき、論理的にもスッキリします。
ここで「先祖返り」が起こるシステムを、もう少し生物学的に考えてみたいと思います。
「先祖返り」は突然変異の一種と考えられますが、果たして偶然的にこの突然変異が起きたのでしょうか?
”一匹”の猿が「先祖返り」して、木から落下したのであれば、偶然的な突然変異によるものと考えても問題はなさそうですが、”一匹”の猿から、人類誕生へと繋がったと言うのは考えにくい。やはり最低数匹レベルの単位で、同じような先祖返り猿が発生し、それらのコロニーが、初期人類へと繋がっていったと考える方が自然です。
しかし、「先祖返り」と言う偶然の突然変異が、複数の猿に同時に起きたと言うことも考えにくい。
果たして、複数の猿の同時先祖返りは起こり得るのか?その謎を解く鍵は、当時のアフリカの自然環境変化「劣勢遺伝」にあります。
メンデルの遺伝の法則によると、優性+優性、優性+劣性の掛け合わせでは、劣性遺伝子が発現することはありません。劣性+劣性の掛け合わせのみ、劣性が発現します。大多数が優性の中で、ごく一部劣性遺伝子が集団に残っていた場合、僅かの確立で発現する可能性があることになります
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例えば、対向する指の形質遺伝子を優勢、突然変異=先祖返りによって発生した、肢の指が対向性を失ってしまった遺伝子(これを先祖返り遺伝子とします)を劣勢とすると、”先祖返り遺伝子”は交配によって集団に広がっても、劣勢遺伝子である為に形質として発現しません。つまり集団内に「優勢+劣勢」の掛け合わせを持ちながら、形質としては”先祖返り遺伝子”を発現させていない猿が増える状態です。
この”先祖返り遺伝子”を眠った状態で持つ猿が、「優勢+優勢」の猿と交配すれば、「優勢ー優勢」又は「優勢ー劣勢」の組み合わせとなり、”先祖返り遺伝子”は眠ったままですが、同じく「優勢+劣勢」の組み合わせを持つ猿と交配すると、1/4の確立で「劣勢+劣勢」の組み合わせを持ち、”先祖返り遺伝子”を形質として発現させた猿が誕生することになります。
もしなんらかの要因で、一つの猿集団が外部との関係を全く持たない状態となり、集団内交配=所謂近親相姦が繰り返されると、あっと言うまに集団内に”先祖返り遺伝子”が広がり、更に”先祖返り遺伝子”を持つ=「優勢+劣勢」の組み合わせを持つ猿同士での交配が状態化すると、次々と「劣勢+劣勢」の遺伝子を持ち、”先祖返り遺伝子”の形質を発現させた猿が誕生することになります。
(逆に近親相姦が行われず、外部から新しい猿が入ってくる状態では、”先祖返り遺伝子”は、どんどん薄まっていく)
4月30日の記事で書かれているように、人類誕生の地となったアフリカは1000万年前から急激に乾燥し始め、100万年前ごろまで森林が後退していきます。
このような状況の中、森林の後退によって他集団との関係が完全に断絶し、集団内交配=近親相姦が繰り返される猿集団が発生。この集団内の一匹の猿が「先祖返り」を起こし、かつ子孫を残すと、集団内に”先祖返り遺伝子”が広がる→”先祖返り遺伝子”を持つ猿同士の近親相姦によって、”先祖返り遺伝子”の形質を発現させた猿が次々誕生・・・となって行きます。
このように考えると、一匹ではなく、複数の猿が同時に先祖返りして木から落ちたことが論理的に説明できます。
こうして、”先祖返り遺伝子”の形質を発現させた猿が、木から落下しても、森林が残っているうちは、樹上生活できる猿の助けを受けながら、生きることができていたと考えられますが、更なる乾燥化によって森林が後退していくと、”樹上猿”は周囲にいなくなり、樹上生活できなくなった「カタワの猿」たちは、皆で助け合いながら、なんとか適応していかざるを得なくなる。当然、外圧=生存圧力は急激に厳しくなります。
この圧倒的逆境状況の中で、生き抜くために進化適応してきたのが、人類の祖先であると考えられます。

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