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哺乳類が胎内保育になったわけ?

Posted By postgre On 2006年10月16日 @ 6:00 PM In 2)知られざる原始哺乳類,②シリーズ“祖先の物語” | No Comments

哺乳類が胎内保育をするようになったのは、より厳しい外圧環境に適応するためであると考えられます。卵から生まれるよりも、赤ちゃんにまで発育して生まれてきた方が、種の保存のうえでは有利であったことが基本的な理由ではないでしょうか。


卵で生むというやり方は、どうしても外気温の影響を受けやすく、寒冷化が進むと、卵は孵化しにくいという不利な点があります。原哺乳類は、3億5000万年前から1億年続く氷河期に、両生類から枝分かれした(爬虫類から枝別れしたという説より、両生類から枝分かれしたという説の方が可能性が高いらしい)そうです。氷河期の寒冷化という外圧状況に適応するために、胎内で卵を温めるようになったものと考えられます。(一方で、哺乳類の寒冷化適応戦略として、恒温性の獲得が挙げられますが、胎内保育は、そのこととも関係しているかも知れません。卵は恒温性獲得の進化にとって不適であったのかも知れません。)
また、卵の場合は、母体からの栄養補給にどうしても限りがあるという弱点も考えられます。原始的な哺乳類は、恐竜とほぼ同じ頃に登場したとされていますが、恐竜の支配下では木や土の中に隠れて生き延びるしかありませでした。そのため、哺乳類は、夜行性になり、聴覚を発達させて脳を発達させました。ところが、この脳の発達は、大量のエネルギーを消費することになります。もともと恒温性の獲得進化というのも、エネルギー大量消費型の進化でした。恒温性の獲得と脳進化の実現のために、エネルギーを大量に消費し、そのための栄養もたくさん摂る必要があったわけです。そのため、哺乳類は大型化が難しくなり、基本的に小型化の戦略をとらざるを得ませんでした。(その方が、大型化を歩んだ爬虫類⇒恐竜のニッチに適応するという点でも有利でした。)
このようなエネルギー大量消費型の適応戦略を考えた場合、卵という限られた大きさの中での栄養だけでは、発育の限界があったのかも知れません。(卵を大きくするという戦略は、爬虫類⇒恐竜の格好のエサになってしまいます。)だから、胎内保育によって、卵以上の栄養補給を可能にする必要があったのではないでしょうか。
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なお、哺乳類の特徴として、心肺機能が発達していることも挙げられますが、このことも胎内保育と関係しているかも知れません。
2億5000万年前の地球規模での火山大噴火により、温暖化と低酸素化が進んだめ、哺乳類は心肺機能を発達させたとされています。低酸素化の状況で、少ない酸素でより効率的にエネルギーを生み出す必要から心肺機能を発達させたのは間違いないでしょう。低酸素化という逆境に対して、もともとのエネルギー大量消費型の機能をより一層進化させる必要があったものと考えられます。
そのようにして、心肺機能が発達するとエネルギー大量消費体質が促進され、今度はより大量の酸素が必要とされるようになります。その点では、卵よりは胎内保育の方が、より安定的に大量の酸素を供給するうえで有利であったということは考えらるかも知れません。
あくまで仮説ですが、このようなことから考えると、胎内保育になった理由は、「寒冷化と恐竜支配という逆境⇒恒温化と脳進化のためのエネルギー大量消費型の適応戦略⇒その後の温暖化による低酸素適応(エネルギー効率アップ)⇒心肺機能発達⇒胎内保育の機能進化」という構造なのかも知れません。
いずれにせよ、胎内保育は、寒冷化や恐竜支配といった厳しい外圧環境に適応するために進化したものであることは間違いないでしょう。

yukitake

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